暮らし術

初めてイノシシの被害を実感したのは、いつだったっけかな?

10年前、わたしたちが南房総に家を持ったときには、里と山には平和な棲み分けがありました。いつ来ても安定の里山風景があり、その変わらなさが癒しになっていました。
ところが、7~8年前からでしょうか、うちの集落にもイノシシ被害が及ぶようになり、そこからはあっという間。野の草を積んでいた土手は崩され、こぢんまりつくっていた畑は気まぐれに踏み荒らされ、毎週末、家に到着するときにちょっと身構えるような被害が日常化していたここ数年。

これまでは「なんとまあ、しゃあないな……」と、掘り起こされてガシャガシャになった土を戻したり、どこからかほじくり出てきた巨大な石をえっちらおっちら片付けたり、土手面の被害の時にはユンボで土手をつくりなおしたりと対処療法でやり過ごしてきました。畑だけは自衛策でネットで囲っていましたが、敷地全体が荒らされるのはどうにもならず。

最近では、イノシシに逢わない夜はないくらい。車で家に辿り着くと、ぜんぜん悪びれずに「行くよー」みたいに親子で山から下りてきていたり、たまに畑をぼんやり歩いていると日中なのに出くわすことも。こっちはびっくりして凍りつき、むこうも猪突猛進の性質からかわき目もふらず行く道を急ぎ、さわやかにすれ違うことになるんですが、もう、冷や汗です。

猟友会ががんばろうが、箱罠やくくり罠を設置しようが、子だくさんなイノシシが減る由もなく、被害はうちにとどまらずに専業農家のいる集落全体のことになってきて。

とうとう、我が家のまわりにも、イノシシの防護柵をつけることになりました!

これです。重たいスチールの柵。

これです。重たいスチールの柵。

ぐるりっと家や農地をひとまわり、それはそれは長い距離を、柵で囲っている次第です。

このあたりから毎日出入りしているイノシシ。悪いけど、道ふさぎますから!

このあたりから毎日出入りしているイノシシ。悪いけど、道ふさぎますから!

と、言うと、何だか自分だけで頑張っているみたいですけど。
実はぜんぜん違うのです。
週末しかいないわたしたちの拙い作業では完了まで何ヶ月かかるか分かったもんじゃないのを見越してか、「ま、ヒマぁ見つけて、ぼちぼちやっから気にすんな」と、ご近所の小出さんが進めてくださっている状態。
もう、本当に、恐縮と感謝しかありません……。

もちろん週末は、自分たちでありったけの作業をしようと腕まくり。「今日はわたしたちがやるので!」と勇ましく乗り込むんですが、小出さんの手際の良さにぼぉーーーっと見惚れてしまう始末。何とか足手まといにならないように手伝うのが精いっぱいです。

1枚2mの柵を重ねながら繋いでいく作業は、単調なようで、じつは波瀾万丈。
というのも、土深くに支柱を立てていく際、地中に水道管や排水パイプがないかどうか確認する必要があったり、柵を立てるべき場所の竹藪を払って整理する必要があったり、イノシシがあたりをほじくって埋めてしまった排水溝をきれいにしたりと、行く先々での整備作業と同時進行だからです。

いつもは野良仕事にそっぽを向いて、やりたいことしかやらない長女のポチンも、これは家族総出でやらなきゃならない作業だなと悟ってか、静かにやってきて手伝いを始めます。

やりなさい!と言うとやらない。ほっとくと、やる。

やりなさい!と言うとやらない。ほっとくと、やる。

比して次女のマメは、自覚ゼロ。
なんかみんなで盛り上がってるね~というように嬉しそうに寄ってきて、裏山をよじのぼり、竹藪の中にもぐりこんで「秘密基地!」と遊び始めます。まったくなあ。

ほとんど垂直の崖をワシワシのぼります。

ほとんど垂直の崖をワシワシのぼるマメ。楽しかろう。

それにしても、家の裏の地中からは、いろんなものが出てくるので驚きます。

排水溝に泥がかぶっても埋もれないようにと、小出さんがやおら瓦を並べ始めたのを見て首をかしげました。こんなもの、あったっけ?と。聞けば「そのへんに埋まってたやつ。この家の古い瓦だっぺ」とのこと。
瓦、葺き替えたら、古い瓦はそのへんに埋めちゃうんだ!笑

小判ならぬ、瓦がザクザク。時代を超えて再利用!

小判ならぬ、瓦がザクザク。時代を超えて再利用。

 

それだけではありません。
茶碗のかけら、コーラの缶、こーひーの缶、酒瓶、洗剤の空きボトル、サザエの殻……なんで家のまわりにこんなに捨てちゃうんだろう!?と笑えてきます。ヤカンが出てきたこともある。これまでも見つけるたびに拾って捨てていましたが、家の裏は特にいろいろ出てきます。

「昔はよぅ、ゴミの収集なんてなかったから、いらなくなったものはみんな埋めてたってわけだ」。

なるほど、長年の疑問が解けた!
なんでいつも、土の中から不燃ごみが出てくるのか、ずっと不思議だったんです。
ゴミの分別や収集なんて、ここ最近(というほどでもないけど)のことなんですね。環境への意識が高くなかった頃には、当たり前のようにそのへんに埋めてたわけだ。
こうして、次の住人がほじくり出すことなんて想像もせず。笑。

懐かしいかんじの、薄青のボトル。

眉をひそめる、というより、時代を感じてしみじみ。薄青のボトルとかね。

柵をたててゆくにしたがって、家のまわりはすっきりと整理されていきます。
「家が傷むぞ」とご近所の方にしばしば忠告されていながら、これまで10年間わたしたちがちゃんと片付けきれていなかった裏の竹藪も、きれいに切って、運び出します。

竹藪の整理は、イノシシと同じくらいやっかいです。
ノコギリでごりごりごりごりごりごり。刈払い機に専用のチップソーをつけて刈れるけれどかえって重労働だし、刃こぼれが激しい。

それが今回、これまで使ったことのない、最強の竹キラーを手にした次第。
これを見よ!

わたしが持っているのがのぼり鎌、娘は鉈!

わたしが持っているのがのぼり鎌、娘は鉈!

小出さんはこともなげに、スパーン、スパーン、と一振りで竹を伐ります。
1本につき一瞬。気持ちいい!
なんなのこのスピードは!

「やらせてください」と手にして、思いっきり振りかざし、わたしも一発でスパーンと……いかない。

ザクッ、ザクッ、……ガキッ。
歯切れの悪い音を出しながら、中途半端に割れてささくれた竹がぶら下がります。ぜんぜん気持ちよくない。
のぼり鎌さえあればいいと思ったら、スキルがあってこその、道具なのね。笑。

「角度が悪りぃな。斜めに、そんなに力まないで」と言われ、姿勢を整えて鎌の自重だけでスパーン!
と、思っているのにそうならない。

それでも何度かやっていると、バットの真芯にボールが当たったときのようなスパーン!が訪れ、不器用なわたしでもすこしずつ上達していきます。

ああ、これ何で早く学ばなかったんだ!こっちに来て10年も何してたんだ!
今までやっかいなだけだった竹藪が、のぼり鎌を手にするとちょっとした楽しみの現場に見えてくるから不思議です。竹の始末はどんどんはかどります。この日、わたしは一体何本の竹を刈っただろう。
(翌日は右肩から首にかけてパンパンに張って首が回らなくなりましたけどね。軟弱なこった。)

そうして後先顧みず刈りまくっていたら、あたりに竹がバサバサ倒れた状態になっちまいました。

放置しておくとあとからゲンナリしてくるに決まっているので、燃してしまうことに。
ただ燃やすのもつまらないから、サツマイモをしのばせてね。

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これの30倍くらいあります。竹。ちょっとずつくべます。

焚き火は、マメの仕事です。
どうやったら火がうまくまわるか、消えそうな時はどこに何を入れればいいか、どうすれば燃え残しをつくらないかなど、けっこうよく知っています。
「学校の授業にさ、焚き火、っていうのがあればいいのに。そしたら 通知表だってさ、“よくできる”に○がつくのに」。

熱風と火の粉をよけるための知恵らしい。

熱風と火の粉をよけるための知恵らしい。

 

ずいぶんやったね。これはご褒美。

ずいぶん頑張ったね。これはご褒美。

そうしてとっぷり日が暮れます。スパンスパンと短時間で刈っても、片付けるのは半日がかり。家に手を入れること自体が、暮らしなのだよね。

昔の住人さんが納屋に置いていった古い鎌を研いでくれた息子。夏か?石器時代か?

納屋で10年眠っていた昔の住人さんの鎌を、息子が研いでくれました。しかしいまって夏だっけ?石器時代だっけ?

 

防護柵の効果はテキメンで、まだ設置しきっていないのに土地がほとんど荒れなくなりました。
イノシシらは面喰らっていることでしょう。というか、面喰う現場を見たんだよな。笑。
うちの畑の方からトットットと山に帰ろうとする親1+子2が、柵にぶちあたってたまげているところを。頭で突いても柵はびくともせず、動揺して付近をうろうろしていました。「やっべ、帰れねーじゃん」という声が聞こえてくるような風景でした。
また、柵の設置中には、竹藪からこっちに来ようとして、柵に気づいて焦ってUターンしていく子も見ました。
わたしにとってここは我が家ですが、多分このイノシシらにとってもここは我が家だったわけだな。

ごめんねー!
こっちは、里だから!バイバイ!

イノシシのいない、穏やかな夜がやってきます。

イノシシのいない、穏やかな夜がやってきます。

もうイノシシの攻めに怯えなくていいという安堵感は大きなものです。
一方で、人と獣の居住を物理的に分けるしかないことに、わずかな違和感も感じます。柵をつくったからといって、生態系のバランスを崩した里山環境にかわりはないのだもの。

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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