暮らし術

かれこれ10年以上、納得ずくでやっている、週末田舎暮らしなんですけどね。
このライフスタイルが今のわたしたちのベストだと思って。
だけど、やっぱり、残念だなーと思うこともあります。
いろいろあります。

毎日どんどんできる夏野菜は収穫時期過ぎ放題
今週つぼみができてドキドキ→翌週しおれた花弁発見
綺麗な夕日の海も友人のSNS投稿を指をくわえて見るだけ

仕方ないですよ。何もかもというわけにいかない。贅沢はいいません。
だけど、本心を言えば全瞬間に立ち会いたいですし、ずっといないとできないことは「超残念!」と思いながら泣く泣く諦めているワケです。さらっとした表情でやり過ごしていても、心は雨あられ。

それでも、どーーーしても実現したい野望があって。
ちょっとくらいの無理ではできないことだと分かっていたので「身の丈に合わないよ」と心に蓋をしてきました。いや、蓋をしながら「いつか実現させてやる」とそのチャンスを虎視眈々と狙っているところ。
おいそれと実現できないからこそ、野望なのだからね。

「ママの野望なんて聞かなくてもわかるし」と、生意気な娘のポチン。
なによ。言ってみなさいよ。あなたのママの何が分かるっていうのよ。
と言うヒマもなく息子が「ヤギ飼いたいんだろ?」と。

……ぴ、ぴんぽん。笑。

「それとアレでしょ、フクロウ」
ぴんぽん。
「それとカメレオン」
ぴんぽん。
「それとゾウ」
ぴんぽん。

おかしいなー。
そんなに家族に話していないはずなのに、なぜかすべてバレてる。
でも、別に飼わなくてもよいのです。道端にいるカエルや、田んぼの中に佇むサギ、隣の家の乳牛、牛糞の中にいるセンチコガネなど、生きものとの出会いがある暮らしであればいい。南房総だけでなく、東京でだってその気になれば会えますしね。

盛大な合コンであぶれていたアズマヒキガエルくん。コンビニの帰りに道草。

盛大な合コンからあぶれていたアズマヒキガエルくん。うちの近所の公園で。

「ねえ、ずっと前に、馬に乗ったことあるよね?」

先日、畑の中に落ちていたウサギの糞を見ながら「チッいるなら会いたかったのに」とぼやいていたら、唐突に娘のマメから話しかけられました。

「乗ったよね、南房総で。あそこに行きたいんだけど」

あります。ありますとも!
乗馬のできる牧場が近所だという、願っても叶わないような環境があるよねえ! たまに、行きたいな、と思っても、まとまった時間がつくれないまま予約のタイミングを逸し続け……いよいよ行きたいよねえ!

せっかくマメが提案してくれたわけだし、暖かくなって野良仕事が本格化する前に、馬に会いに行こう。
馬森牧場に行こう。

そして翌週!

そして、翌週!

『馬森牧場』は、我が家からほど近い里山の奥のほうにあります。

ここは、いわゆる乗馬体験のできるキラキラした観光名所という雰囲気はまるでなく、馬と人とがともに暮らしている素朴な施設です。菅野奈保美さんという方がひとりで立ち上げ、運営を切り盛りしています。南房総の友人知人の間では「彼女はすごいひとだ」「パワーが違う」「只者ではない」と話題に出ることも。
牧場をつくるということがどれほどのことか。2007年に南房総に移住してきた菅野さんが、幾度となく訪れるピンチに決して屈せず、この地を牧場に設えていった波乱万丈の経緯はこちらを読めば分かると思います。

さて、馬に会える嬉しさでルンルンだった娘たちですが、「今日はこの2頭に乗っていただきますね」と奥の馬小屋から連れてこられた小振りな2頭の馬を前にすると、「生きものに乗る」という緊張感で、ちょっと背筋が伸びていました。

手前のポニーはだいぶ小さい。優しい眼差しに魅せられます。

手前のポニーはだいぶ小さい。しっかりした優しい眼差しに魅せられます。

美しいな。馬。
草食動物らしい穏やかさと、凛としたオーラが相まった、なんて魅力的な動物なんだろう。
そしてなぜか、馬の前では「きゃー! かわいー♡」と興奮モロ出しな態度がとれない……何ともいえない理性を感じる眼差しは、どうもこっちの心の裏まで見ているようで。

ムツゴロウさんみたいに「よーしよしよしよしよし」となでくりまくって戯れたい欲望にかられるところを踏みとどまり、「こんな匂いの者です、よろしく」と手を出すと、ふん、ふん、と嗅がれます。

しっとりと湿った、あったかい鼻息。風圧もなかなか。

しっとりと湿った、あったかい鼻息。風圧もなかなか。

少しずつ距離を縮めたくて「お前はかわいいね」と話しかけながら頭をなでると、鼻づらをくい、くい、とわたしのお腹に押しつけてきます。その重量感や温かさもたまらない! きっと親愛の情に違いないわとホクホクしていると、「実は、あまりよい状態ではないですね」と、菅野さん。
え?
「これは、その人のことを下に見ている時の態度です。甘えてやっているわけだけれど、わたしだったらこの態度は許さないです。まあ、お客様は喜ぶからいいですけどね」。

なるほど。
やっぱり、見られていたか。
甘えてくる=気を許す=いい関係、という短絡的なものではなく、人と馬とには絶対的なヒエラルキーがあって、それはちゃんと守らねばならないんだな。
「猫っ可愛がり」はネコにはいいけれど、馬にはNG。

こちらの子にはOK!

こちらの子にはOK!

馬小屋からちょっと歩いたところに馬場があります。
そこまで、馬をひいて、てくてく行きます。
まわりに何の人工物も見えない馬場です。遥かむこうに、富山(とみさん)。

馬に乗って富山をのぼることもあるそうです。なんて素敵な。

これはただの「動物ふれあい牧場」じゃないな、と察した娘たちは、それなりにぴりっとした空気で体験乗馬に臨みます。

鐙(あぶみ)に足を乗せてえいやっとまたがると、ポニーとはいえ、だいぶ高みからの景色になります。まずは菅野さんが長いリードを引いてくれていますから、それなりの安心感はあるはずです。それでも、生々しい揺れや座り心地で、こちらに視線を投げながら「楽しい、、」とつぶやくマメのドキドキが伝わってきます。

この子の名は「夏来(ナックル)」。

この子の名は「ナックル(夏来)」。

菅野さんの指導は、わずかな時間の体験乗馬なのに、丁寧で本質的な説明をしてくれます。
どうすれば、どうなるか。
なぜそれをするか。

「止まりたいときには、手綱を引いて馬に合図を送ります。ぎゅっと引く必要はありません。馬が、口の端にかかるほんのわずかな力で、乗り手の“止まりたい”という意志を察することができればいいのです。動きたいときはこれを緩め、足でぽんと胴を蹴って合図を出します。これを“プレッシャー&リリース”といいます」。

わたしたちがテレビなどでよく目にするのは、馬の胴体をばーんと蹴って走り始め、手綱を思いっきり引いて「ヒヒヒヒーン!」と止まるシーンですよね。しかし。

「手綱は、張らず、緩めず。ちょっとした呼吸で馬に伝わるのがベストです。健康なのにムチで強くたたかないと動かない馬は、人間側の扱い方に問題があったり、適切なトレーニング期間が十分でない状態です」。

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よく考えれば、口の端を力いっぱい引っ張られたくはないだろう、と気付く。馬だって。

1度乗ったくらいでは、到底その、あうんの呼吸は分かりません。でも、言われていることはよく分かります。恐怖や痛みで分からせるのでも、愛や情といった溢れるものだけで意思表示するのでもなく、馬と人との“共通言語”をきっちりと理解して使用すること。それが、実は馬にとってもハッピーなのだそう。

「では今度は、ひとりで乗ってみましょうか。リードをはずしますね」。

手綱につけていた長いリードをはずし、いざ、自立!
マメがぽんと胴を蹴って、馬が歩き始めました。

の、2秒後。

馬の興味は歩行ではなく、場外に生える草探しへ。
マメの指示などは一瞬で意識から消えたようでした。
そして、鼻づらで気ままにおやつを探すブレイクタイムに突入。笑。

「この2秒で、馬と、人との関係は決まりましたね。
馬は、“この人は自分より立場が上か、下か”ということを全瞬間意識しています。そして、“自分より下”と判断した場合は、その人の指示を聞かなくなる。今のこの態度は、それを示しています」。

“自分より下”という見極め。
びっくりするほど鮮やかな判断でした。
完全に下だと思われたマメは困惑した顔で菅野さんを見ます。手綱もだらりとなって、乗り手の意志などまるで伝わらない状態です。どんなお人よしの馬も、こんなマメのいうことを聞こうなんて思わないだろうな!

一般の観光施設での体験乗馬で、こんな馬のメンタリティに触れることはあまりありませんよね。みんな、粛々とお客さんを乗せて歩きますよね。馬は元から、そうした従順な動物だと思っていました。

「ナックルは今、7歳です。ようやく精神的にオトナになってきた歳ですね。まだ経験を積んでいる段階ですからちょっとした隙を狙って好き勝手な動きをしてしまいますが、これも徐々になくなります。一般的に、体験乗馬は10歳以上のものが多いですよ。地道なトレーニングを経て、8歳を超えたころから心身ともに成熟して落ち着き、初めて馬に乗る方の指示も受け入れることができるようになるのです。一般的な体験乗馬の馬は、ほとんど10歳以上です。そのくらいの歳になって初めて、お客様を乗せることを“お仕事”と認識して、ガマンできるようになるわけです」。

では、こどもの頃の馬って、どんな状態なのですか?

「400kgの、やんちゃな仔犬ですね」。

これは、写真を撮るときのポーズ。こんなことができるのは、オトナだからだったのか!

これは写真を撮るときのポーズ。こんなことができるのは、オトナだからだったのか!

あんな大きな硬い身体で、仔犬のように自由奔放に振る舞われたら、なかなかに危険です。つまり、しつけがなっていないと、馬と人間は共存不可能。しつけが入っていても、馬は人より大きくて強い。それなのに、人間>馬、の関係をつくるのですから、ハンパな気持ちでは成り立ちません。
菅野さん、これまで3度骨折をしているとか。

長女のポチンの乗ったドウ(道)。北海道生まれ。大きくてもポニー。背の高さが147cm以下だと、成馬でもポニー。

長女のポチンの乗ったドウ(道)。北海道生まれ。大きくてもポニー。背の高さが147cm以下だと成馬でもポニー。

「馬と人は、交じり合わない並行世界に生きています。それがわたしには面白い。馬にとっては、馬の群れと草があればよくて、人の存在は必要ありません。犬が人に忠誠心を持ったりするのとはまったく違う精神構造。馬は、馬の世界の中での賢さをもった動物なんです。人にとって都合のいい賢さではなくてね」。

鼻づらを押し付けてくる様子がかわいく思えてしまい、真っ黒な瞳に吸い寄せられてしまい、どうも馬を「ペット」のように愛したくなるわたしは、馬への理解がまったく低いのだと思います。でも、馬を擬人化せず、馬を馬として捉えて愛でる気持ちはトレースできます。意志疎通不可能なサンショウウオやカエルに心が奪われるとき、あるいは、絶対になつかないキジの雛に接していたとき、わたしは彼らに別世界を見る気がしていましたから。

ちなみに馬は、正面から人に見つめられるのが苦手とのこと。自分を喰らう肉食動物と同じ、目が正面についている顔だから、恐怖を感じるらしい。知らないで、まっすぐ見つめてしまった。

ちなみに、人に慣れていない馬は正面から人に見つめられるのが苦手とのこと。肉食動物と同じく目が正面についている顔だから、恐怖を感じるらしい。人が愛情を持って抱きしめるしぐさも、捕食される動作に近く、最初は嫌がるそう。わたし、知らないで、まっすぐ見つめてしまった。

 

こんな生きものと暮らせたら、どんなにいいだろう。
ああ、高校時代に馬術部に入っておけばよかったな。

軽い後悔を胸に、またここに来よう、絶対来よう!と誓ったのですが。

馬に乗って、馬を引いての帰り道。名残惜しい。

馬に乗って、馬を引いての帰り道。名残惜しい。

実は今、すこし楽しみな計画をたてようとしています。

それは、「週末田舎暮らしでは、難しい」とずっとガマンしていた、動物とともにある暮らし。馬、とともに、ある暮らし。菅野さんから、わくわくが止まらなくなるような提案をいただきました。(詳細はまだ言えないけどね。)
実現は、新緑がめきっと色を濃くする季節かな。

野望は、突然は叶いません。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。
でもちょっとずつでも叶うように動きます。楽しみだ!

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
※本記事の情報は、公開当時のものです。以降に内容が変更される場合があります。
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