暮らし術

福井県に三つめの家をかまえて、東京・軽井沢・福井の三拠点生活を始めて2年目。福井の家を、県内プチ引っ越しすることにしました。いま「プチ」と書いたけれども、これまで住んでいた越前町から、新居のある美浜町まではクルマで1時間15分もかかります。同じ県内とは思えないぐらい遠いのです。

福井県は、木ノ芽峠を境にして、北側が「嶺北」と呼ばれる越前地方。南は「嶺南」という若狭地方。もともとは別の国でした。文化的にも嶺北は金沢や富山と同じ北陸で、嶺南の若狭はどちらかといえば近畿文化圏。話されていることばも関西弁に近い感じです。だから嶺北の越前町から嶺南の美浜町に移るというのは、「国替え」ぐらいの気持ちだったりします。

引っ越した理由は二つあって、ひとつは海のそばに住んでみたかったということ。もともと私は兵庫県の山あいの街の出身で、大阪や名古屋、愛知県豊田市、そして東京とあちこち移り住みましたが、海辺に家を構えたことはありません。もうひとつの拠点にしている軽井沢も、長野県の高原です。海辺に住むのって、どんな感じなんだろうという憧れは以前からありました。

蒼舎_3

もう一つの理由は、美浜町で「ふるさと福井サポートセンター」というNPOをやっている「たいちゃん」こと北山大志郎という友人と出会ったこと。福井の空き家対策を進めているこのNPOが、今年から美浜町で「ふるさぽクリエイター・イン・レジデンス」という取り組みをはじめました。同じような企画は全国のさまざまな地域で取り組まれていて、都市などからやってきたアーティストやクリエイターなどの職業の人に無料で住宅を提供し、時には交通費や日当まで自治体やNPOが支給。そのかわりに、その土地で作品を制作して発表したり、滞在の様子をメディアに寄稿したり、さらにはイベントに出演したりといった活動をしてもらうというものです。私と妻はこの美浜町の取り組みに参加させていただくことになり、たいちゃんたちがリノベーションした海岸沿いの古民家をしばらく借りることになったのです。

昭和の初期に建てられた、築90年あまりの木造平屋。もとは民宿を営む一家の住まいでしたが、先代のおじいちゃんが亡くなって民宿は畳み、その後はおばあちゃんが独りで住まわれていました。この建物はどの部屋も柱が黒光りするぐらい美しいのですが、おばあちゃんが毎日、米ぬかで磨いていたからだそうです。

おばあちゃんは足腰が弱くなって、いまは病院に入られています。家を継いだ息子さん一家はのこされたこの家をどうしようかと考え、美浜町の活性化に取り組んでいるたいちゃんに委ねたのでした。そしてリノベーションが行われ、外から見るととても風格のある瓦屋根の古民家が、快適な現代風の住まいに作りかえられました。移住居住体験施設として、「蒼舎(そうしゃ)」というすてきな名前も付けられました。

蒼舎_1

蒼舎の玄関の引き戸を開けると、昔の民家にはよくある間取りなのですが、「取次ぎ」と呼ばれる広い畳敷きの部屋があります。この取次ぎを囲むようにして四部屋が隣り合い、それとは別に一段低くなった台所と風呂、トイレがあります。古い民家の例にならい台所の床は土間だったのですが、いまはフローリングが張られ、大型の業務用ガスコンロが設置されています。

ここに私たちがやってきた最初の日、窓を開け放って机に向かって仕事をしていると、心地の良い海風が通り抜けていきました。夜、寝具にくるまって眠る時も、いつも潮騒の音が聞こえています。居間のガラス戸を開けて外に出れば、わずか15メートルほどで海岸。「久々子(くぐし)」という昔ながらの海水浴場です。山々に囲まれた若狭の海は蒼く光り、浜辺にすわって眺めていると、いつまでも見飽きません。

蒼舎_2

さて、蒼舎に引っ越してくる際にいちばん悩んだのは、「足」でした。交通手段です。前の越前町の家では、妻が共同で作陶の仕事をしている会社が近所にあり、その好意で北陸本線の鯖江駅までの送り迎えを頼んでいました。美浜町ではそういう方法がなく、自力で足を用意しなければならない。

実はわが家は、クルマを2台持っています。1台は東京で使っている大型のSUV、もう1台は軽井沢の日常の足にしている軽自動車のジムニー。福井に三拠点目をかまえた2年前、「じゃあもう1台買う?」ということも一瞬考えたのですが、電機製品や家具と違って自動車には維持費がかかります。ガソリンは乗らなければ消費しませんが、乗らなくても税金や保険代、車検代がかかってくる。この額がけっこう馬鹿になりません。

そこでジムニーを福井に持ってくることにしました。北アルプスを迂回しながら富山、金沢と海沿いを走り、上信越自動車道から北陸自動車道経由で約5時間。気持ちの良いドライブです。さらに東京との往復を考え、美浜の家から20分ほどの距離にある敦賀駅そばに駐車場を借りました。月額6,500円です。これでようやく、自前の足が整ったのです。

福井のような土地で暮らしていると、「足」についての人々の考え方が都市とはまったく異なることに驚かされます。クルマがひとり1台というのはどこの地方でも同じですが、それだけではありません。この福井では街と街が非常に離れていることもあって、「今日飲みに行こうよ」と友人と待ちあわせするのが大変です。自家用車で集まって、運転代行で帰るというのが地方だと一般的だと思いますが、さすがにクルマで1時間もかかるところに住んでいる友人との飲み会では、運転代行もお金がかかりすぎる。ではどうするかというと、たいていの場合は「泊まり込み」です。友人の家に泊めてもらうか、そうでなければ近くの温泉宿やビジネスホテルなどに宿泊してしまうのです。

例えば越前町の家から徒歩十分ぐらいのところには、「花みずき温泉若竹荘」という温泉がありました。入浴はひとり400円。食事は出ないけれど素泊まりはできて、1泊3,380円。この金額なら、タクシーや運転代行よりもずっと安くつくというわけですね。

このように「足」をひとつとっても、暮らしのありかたはさまざまに違う。都市、都市を取り巻く郊外のベッドタウン、地方の中核都市、小さな町や村、そして限界集落。日本にはさまざまな土地がグラデーションのように広がっていて、多様な暮らし、多様な住まいがある。そういうことを、三拠点生活の日々は実感させてくれるのです。

 

※本記事は、佐々木俊尚氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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