暮らし術 行くよー。

カブトムシをつがいで買ったことがある方には、分かっていただけると思います。
夜、すごい音をたてますよね。それも長々と。

ケースの中でゴソゴソゴソ、バリバリッ、ガサッ!
ギギギギ、ブルブルブルブル、ガサッゴソゴソ!!

仲がいいんだか悪いんだか、幸せなのか不幸せなのかサッパリ分からない、聞いているだけだと何だかとても苦しそうな音のする、カブトムシの夜。
いろいろお元気なのはいいのですが、同居している人間の方が気になっちゃって、眠れなくて次第に元気が奪われていくというね。

以前はクヌギやコナラにトラップを仕掛けてはウホウホ捕まえて、こうして繁殖させていました。今から7-8年前、長男が小学生の時のことです。

今では家族の誰にもそこまでの熱意はなく、飼育ケースや水槽が所狭しと並んでいたリビングもだいぶサッパリしました。「ちょっとセミの羽化見てくる!」とおもてに飛び出すのはわたしだけで、「はーい帰りにガリガリ君買ってきてねー」「わたしパルムー」「俺サクレー」と大中小のこどもたちの声が追いかけてくるだけ。

こんな神秘のシーンに立ち会わず、アイスだけ欲しがるなんて。

こんな神秘のシーンに立ち会わず、アイスだけ欲しがるなんて。

ふん。つまんないわ。

と、たそがれて暮らす長い長い子育て後の人生を思い、物寂しさを先取りして拗ねていたのですが。気がついちゃったんですよね、ここ最近。
わたし、前より体がすこし自由じゃない??と。

片手で乳飲み子を抱っこしながら家事や仕事をこなしていた日々はいつの間にか遠ざかり、わたしの姿を追いかけて泣く子もいなくなり、保育園のお迎えに猛ダッシュしたり寝かしつけに膨大な時間を使うこともなくなり、気がつけば「夕飯1品つくっておいてもらえる?」と次女に頼んだり、「洗濯物にティッシュ入れたのニイニでしょ!」と畳み係の長女が怒ったり、歳をとった実家の父母の面倒を見に長男が出かけてくれるようになっていました。
(↑一応確認すると、あえて素敵な部分だけ並べていますから)

たとえば夜、ふと自分の時間をつくることも可能になったんですよね。
それで、今までまったく、本当に、これっぽっちも興味のなかったランニングを、この夏ふと始めてしまったのです。

どちらかというとロードバイク派のわたしは「足で走るなんてまどろっこしいし疲れるしヤダヤダ」と食わず嫌いを決め込んでいたのですが、ふとランニングシューズを買ってしまったのが運命の分かれ道。夕食後にこれをスッと履いて「30分だけ行ってくるよー」と家族に声をかけて、涼しくなった夜のまちで一汗かいてくるのが妙に楽しく感じる身体になってしまいました。

別に部活じゃあるまいし、タイムをあげる必要もない。疲れたらやめればいい。絶対に無理なんかするもんかと思いながら始めたのに、なぜかちょっとずつタイムがあがり、つい1ヶ月前にはヒーヒー言ってた距離が楽に感じ始め、そうなると「ん!走ろうかな!」とワクワクするようになるんですよね。
とはいえわたしのまわりにはガチなランナーがたくさんいるので、このようなビギナーがなんだかんだ発言するのは畏れ多く、ランニングをしているなんてほとんど誰にも言っていません。

家の近くの線路際は走りやすい。家族には「夕食後にナゾに活性高いおばさん」と呼ばれ、ほぼカブトムシ扱い。

家の近くの線路際は走りやすい。家族には「夕食後にナゾに活性高いおばさん」と呼ばれ、ほぼカブトムシ扱い。

 

そして当然、週末は南房総にシューズを持って行くようになった次第。
東京では概ね夜ランですが、南房総で夜ランなんてしたらイノシシに襲われるかカエルを踏むか不審者で通報されるか、いずれにしても良いことはない。太陽の照りつける時間をはずし、ヒグラシがカナカナカナカナと鳴き始める頃がベストタイムです。

野良仕事だけでも充分体力を使うのに、シューズが玄関にあると落ち着きません。ものすごく集中して仕事をこなして、「よし!走る時間できた!」と長靴から履き替えます。

行くよー。

行くよー。

 

田舎暮らしでは、自分の足で家の周りを歩き回る機会はそれほど多くありません。ごく近所以外はほとんど車移動ですから。わたしの場合は、300mほど離れている仲良しの小出さんの家までがギリギリ徒歩圏内。小出さんが我が家に来る時は確実に車です。
実は、田舎は、足を使わない文化なのです。

ですから、集落をランニングしていると、ちょっと恥ずかしい気持ちになります。近所のおばあちゃんと会うと「こんにちは」と会釈を交わすのですが、走るわたしを不思議そうに見つめます。そんな人、見たことがないんじゃないかなあ。

すごく遠くからでも、おばあちゃんが訝っているのが分かります。

すごく遠くからでも、おばあちゃんが訝っているのが分かります。

わたしが暮らすのは川沿いから山にかけて田畑の広がる小規模な集落なのですが、走ってみると、普段は感じない起伏を味わうことになります。川に向かって伸びる緩やかな下りのあぜ道は本当に心地いいです。
南房総にはもう、収穫の秋が訪れています。

8月下旬の風景です。


8月下旬の風景です。


 

これは同じ場所の、7月下旬。色がまったく違うでしょう。

これは同じ場所の、7月下旬。色がまったく違うでしょう。

徐々に稲刈りも始まっていて、黄金色の田んぼや美しい架け干しの風景を見ると「ああ、季節が1コマ進んだな」とはっきり感じます。

うわあ、と足が止まります。

うわあ、と足が止まります。

 

去年この風景を見てから、もう1年も経ったなんてね。と。

去年この風景を見てから、もう1年も経ったなんてね。と。

実を言うとね、写真を撮るために足を止めたくない気持ちもあるんです。

ほら、よく信号待ちでも足踏みをしているランナーを見かけませんか?「いいじゃない、止まって待てば」と以前は呆れていたのですが、今では気持ちがすごくよく分かるんだな!ペースを乱したくないなあと思ってしまう、あの気持ちが。

でも、集落でのランニングは、走ることと同じくらい風景が楽しみたい気持ちになり、ついつい何度も立ち止まってしまいます。ああこんなんじゃトレーニングにならないな、なんてウッカリ焦ってしまい、いやいや何言ってんの一期一会の風景を味わわなくてどうする!と自分に反論。
バカみたい。

ほら、ピンクの彼岸花。ここだけ刈り残しているご近所さんのセンスが好き。

ほら、ピンクの彼岸花が咲いてるよ。ここだけ刈り残しているんだね。

 

真っ黒な子猫兄弟が3匹、それぞれ走り出した。なんてかわいいんだ。

真っ黒な子猫兄弟が3匹、それぞれ走り出した。なんてかわいいんだ。

 

微妙な起伏のある道が続くと、東京で平坦地を走っているよりもくたびれます。
でも、何とも気持ちがいい。
この日は、風にとても香ばしい香りがしました。穀物の香り。7月に走った時には、青い青い緑の香りがしました。土地に育っているものの状態で、風まで変わるなんて。これも走ってみなければここまで分からなかったことです。

家の近くまで帰ってきました。お盆に共同作業で道端の草刈りをする時は、このお地蔵さんまで刈ることになっています。ふー、このへんは実は上り坂。息が上がる。

家の近くまで帰ってきました。お盆に共同作業で道端の草刈りをする時は、このお地蔵さんまで刈ることになっています。ふー、このへんは実は上り坂。息が上がる。

 

こうして自分の時間を楽しめるようになるなんて、10年前、いや5年前の自分に想像がついたでしょうか?どんな風に変化していくか、だなんて、そうなってみなければ存外分からないものですね。

もちろん、こどもの方にも変化が表れています。
今年大学生になった息子は、もうほとんど親と一緒に南房総に来ることなどありませんが、すでに運転免許を取った友人の車で自由に来ています。わざわざ親のいない時を見計らって!

彼らの目的は釣りです。小さな頃から釣り好きでしたが、親の都合に合わせて行くことしかできなかったはず。友人と一緒だと、朝間詰めから夕間詰めまで心ゆくまで釣り三昧を楽しめるわけです。

ほとんど連絡がなくて生きているんだかどうか心配になった頃、無造作に写真が送られてきます。これは「夕日が綺麗だった」と言いたかったのだと思います。

ほとんど連絡がなくて生きているんだかどうか心配になった頃、無造作に写真が送られてきます。これは「夕日が綺麗だった」と言いたかったのだと思います。

 

ボウズばっかりかと思いきや、ワカシ2が釣れたそうで。あとシロギス1か。

ボウズばっかりかと思いきや、ワカシ2匹が釣れたそうで。あとシロギス1匹か。

 

さっそく漬け丼をつくったらしい。

さっそく漬け丼をつくったらしい。

 

もちろん、親としては心配しないはずがない。運転は大丈夫なのか、水泳部だから溺れることはないだろうけどそれでも夜の海では大丈夫か、食事はちゃんとしているのか、などなど。でも、思うだけで言わないようにしています。免許取りたてで運転をしていた友人の親御さんなんて「2人が無事に戻ってきますように」と神社で手を合わせていたそうな。ふふ。手は離れても、気苦労だけは減りませんね。

10年前。彼らは一緒に川でガサガサをしていました。この時も夢中だった。きっと今でも夢中なんだろう。

10年前。彼らは一緒に川でガサガサをしていました。この時も夢中だった。きっと今でも夢中なんだろうね。

 

それでも、こうして互いにバラバラに南房総を楽しめる状態というのは、何とも嬉しいものです。1つのまとまった家族で動いていたメンバーが、個々それぞれの家族をつくり、それぞれが違う幸せを求めていく。そんな未来の姿を想像します。南房総の家が、その舞台として組み込まれていくといいなという願いも、ひょっとしたら叶うかもしれない。

これだけはイヤだ。誰が置いてったんだ!ゴムのゴキブリ。

これだけはイヤだ。誰が置いてったんだ!ゴムのゴキブリ。

 

さあ、秋です。
今年は夏がとても短くて切なかったけれど、秋は秋で毎年のように、きっと豊かな時間があるはずです。わたしは引き続き、誰にも言わないでのそのそとランニングを楽しむことにします。
たとえどこかで見つけても、そっとしておいてね!

 

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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