暮らし術

夏に買ったジーンズが、履けなくなりました。
食べ過ぎ?運動不足?正月太りの延長?
ぜんぶです。

朝、「ふンッ」とお腹を引っ込めて無理矢理ボタンをとめてようとしているわたしに、娘が冷たい視線を投げかけます。「そもそもキツめだったしな……」とぶつぶつ言い訳しながら諦めると、「ママ、週末以外はぜんぜん動かないじゃん。パソコンの前でこわーい顔して仕事してるだけで。ぼよぼよのしわしわになるよ」とさらに冷ややか。

けっこうサイテーな評価ですね。ぼよぼよのしわしわ。
そりゃ本当は毎日ぴちぴちルンルンしたいよ!でもそうもいかない時があるじゃない。仕事は楽しいばっかりではないし(むしろ逆)、そもそも執筆は指先だけ活動的であとは微動だにしないもんだし。いつもはそれでも、週末にいっぱい野良仕事してバランスをとってますが、ここのところ仕事がキツくて、余計に食べて、そして動かない。
そりゃあ、結果にコミットしてきますよね。

比して、こどもたちは本当によく体を動かしています。
末娘のマメは大寒のこの季節でもまだコットンTシャツにぺらぺらのベストを来て、「暑い」と。暑いだと!?聞けば校庭45周走って、あとはずっと縄跳びをしていたと。長女のポチンは最近インドア派ですが、それでも友達と早朝ランを楽しんでいて、5時半に起きて多摩川で走り、それから学校に行くということも。わたしには奇行にすら見えます。

そして長男のニイニ。
昔は典型的な文化系男子だったのに、中学で水泳部に入ってから完全な体育会系にメタモルフォーゼ。朝から自主ラン、部活のために学校に行き、部活のない日も泳ぎに行き、泳いでいない時は筋トレか自転車。そして、この恐ろしく寒い時期に、サーフィン……

外の気温は一ケタです。

外の気温は1ケタです。

全国のサーファーのみなさん、寒くないんですか?
極寒の海に行くと、なんともなさそうにサーフィンをしている人がたくさんいます。「寒いよ。着替える時はとくに寒い。でも海水の温度は気温の2か月遅れだから、11月くらいの温かさなんだよ」と、ニイニ。11月って温かくはないじゃん。「それに冬の方が、人が少なくて練習しやすいんだよ」とも。
つまり、寒いからやめるという判断はない、ということだね。

だいたいうちは南房総とはいえ、内陸の中山間地にあります。自動車の免許のない中坊ニイニは父親のお下がりのふるーいボードをかつぎ、1日に数本しかこない市内バスを乗り継いで、なんと2時間以上もかけてサーフポイントに行きます。ご苦労様なことです。あるいは、仲良くしてもらっている地元のサーファー大工の村上さん(わたしと同世代)の軽トラに乗せてもらって行きます。「明日、サーフィンしませんか?」とニイニがお誘いすると、「明日は、4時半に迎えに行きます」といった連絡が入るのです。

よじはん?
それは午後ではなくて、午前ですか?
いちいち驚くなよ、波のコンディションが優先なんだよ、とますますバカにされるわたし。「朝日がのぼるのを海の中で見るのがいい」そうです。
海といえば夏に魚を見るために潜ることしか考えたことがなかったのですが、そこまでのめりこむニイニを見ていると、ちょっとやってみようかな、と思えてきます。(夏になったらね!!)

そんな家族がいるせいか、わたしたちは冬でも、よく海に行きます。
もちろん海に入るわけではありません。見に行くのです。
「ちょっと買い物行ってくる」みたなノリで、「午後ちょっと海見てくるわ」と出かけます。自己最高の防寒準備をして、小銭を持って。

娘たちは、海でお茶をするのが大好きです。「館山の渚の駅たてやまの裏のテトラポッドに座って、夕日が落ちる瞬間にあったかいものを飲みたい」といったマニアックな指定すらあります。

行くと、いつまでもいつまでも座っています。
日が落ちて、真っ暗になるまで。

あったかいココアと、夕日がれば、寒くても寒くないのかな。

ココアと、夕日があれば、寒くても寒くないのかな。

 

ねえ、なんでそんなに海を見るのが好きなの?と聞いてみると、「だって色がきれいなんだもん」と、次女のマメ。「なんか素敵な気分になるから」と、長女のポチン。
きっとね、大きくなって大好きな人とデートする時に行くとね、もっと素敵な気分になるだろうから楽しみにしててね、と喉まで出かかります。でも、「誰と見る」ではなく「海を見る」のが楽しみな気持ちが大事にしたいから、野暮なことばは心に秘めておくことに。

つられてわたしもぼんやりと眺めていると、海の色と波の音だけで心がいっぱいになって余分な気持ちが押し流され、消えていきます。すっぴんの心が海にさらされるかんじが心地いい。

学生時代に、鵠沼海岸のすぐ近くに住んでいた友人がいて、彼女はよく「海を見ないで過ごす暮らしが考えられない」と言っていました。小さい頃から海を見ながら暮らしてきて、犬の散歩をしながら毎日、ただ、海を見ているんだ、って。その頃わたしは、彼女の透明な雰囲気はきっと海がつくり出しているんだろうなあ、と漠然と思っていました。よく分からないけれど、きっと、ゼミとか建築設計とか友達関係とかに拘泥されない、でっかい世界の中で生きている感覚があるんだろうなあ、と。

あれからずいぶん経ち、わたし自身が南房総で海のある暮らしを実感できるようになって、ようやく彼女の言っていることの意味が分かるようになりました。
意味というか、意味なんてない、海があることが空気みたいに無自覚で、不可欠な感覚。

デートで海に行くというと「わ~、今年初めてかもしれない~」とやたらとイベント感があって盛り上がった若かりし頃と違い、今では海は日常の風景になっています。そして、「目が悪くなるからたまに遠くを見ましょうね」という近眼対策と同じように、日ごろ身近な出来事だけに振り回されていた状態から、世界と自分の距離感が適切な場所に調整されるかんじがします。

ひょっとしたら我が家のこどもたちも、海は特別なものではなく空気みたいなものとなり、「海行こうよ!」とデートに誘われても「いいよ~」くらいの反応しかしなくなるかもしれないな。いや、好きな人と行く場所はどこでも特別か。

 

さて、南房総にいらした時、もし海を“見る”ならオススメのポイントをお教えします。
1つ目は、巴。

ニイニーーーー!

ニイニーーーー!

サーファーの多い平砂浦海岸の東端です。
ここは波が穏やかで、サーファーの中でもロングボーダーが多いところ。長い長い海岸線がとても美しくて、海風に吹かれながらいつまでも佇んでいたくなります。

といっても、写真のマメは海を見ているのではなく、ニイニを探しています。
「あれかな?あの、今コケた人じゃない?ほら、今立てなかった人じゃない?」
そして「ニイニーーーー!」と叫びます。

家族が手を振っているところになんて、絶対戻ってこないだろうな、ニイニ。
カッコつけたい盛りですから。

ちなみに平砂浦海岸へ出るには、「アロハガーデンたてやま」という観光施設の、道を挟んだ向かい側にある防砂林の遊歩道を行くのがいいと思います。防砂林を「見下ろす」という、ちょっと不思議な風景に出会えて、その先に広大な砂浜がひらけています。

2つ目は、白浜の根本海岸。

人を寄せ付けない猛々しさのある海です。

人を寄せ付けない猛々しさのある海です。これは夏。

ここは砂浜ではありません。地層が侵食してできた荒々しい岩と、白くしぶきを上げる海。この男っぽい風景が何とも魅力的です。
小学生だったニイニは、ここが大好きで、1時間でも2時間でもただひたすら波を見続けていました。家族が呆れ、いよいよ待っているのも飽きてくるとき、いつもお茶をするのが千葉県最南端のカフェ「and on cafe」。

このテラスの後ろにカフェがあるんですが、いつも外を好むこどもたち。

このテラスの後ろに素敵なカフェの室内があるんですが、専ら外を好むこどもたち。

 

ここは、「シラハマアパートメント」という元社員寮をリノベーションした宿泊複合施設の1階です。なんというか、海と一体化したようなゆるいゆるい空気の流れる場所で、四季を問わず気持ちがいい。海に行ったあとここに寄ってランチしたりお茶したりするのが南房総生活で一番イケてる過ごし方だと信じて疑わないポチンは、ねえねえシラハマアパートメント行こうよ、といつもせがみます。

3つ目は、鏡ヶ浦です。

ここの日の入りは息を飲むほど美しい。

ここの日の入りは息を飲むほど美しい。

 

鏡のように静かな水面だから、鏡ヶ浦。

館山のメイン海岸と言ってもいい、北条海岸の別称です。
テトラポッドもいいのですが、最近、ちょっといいカフェがいくつかできました。
一昨年オープンした、「SEA DAYS」がそのひとつ。

道の向こうに、海。

道の向こうに、海。

 

アウトドアフィットネスクラブに併設されています。この建物ができてから北条海岸沿いが一気にオシャレになり、素朴がウリの南房総が感度をぐんと上げてきたな、と嬉しい裏切り感を感じているところです。

わたし的にはウッディで垢ぬけた雰囲気の室内がイチオシなんですが、ポチンはこの屋上テラスが大好きです。夏休みに2日間絵日記をかくという宿題があったのですが、「シーデイズというところでお茶をしました」というのがそのうちの1日になっていました。そうか、いろいろ連れていったり遊んだりしたけど、このカフェがベスト2入りか。笑。

また、こちらも一昨年オープンの「館山なぎさ食堂」。

デッキにも出られます。

デッキにも出られますが、あったかいところにいて海も見られる方がわたしはいい!

ここに来たとき、「そうそう、こうやって、ちゃんと海が味わえるカフェが欲しかったのだよ!」と膝を打ちました。邪魔をするものがなく、まるで海に張り出したような近さが楽しめます。
しかも、意外なことに食べ物がとっても美味しいのです。洗練された雰囲気は見せかけだけかなと思わせておいて、中身も充実していた時のギャップ萌え。(あれ?見くびってました?すみません~)
海を見る→体が冷える→なぎさ食堂でコーヒー→1階の産直売り場「海のマルシェたてやま」で知り合いの農家さんの野菜を買う、というのが我が家のゴールデンパターンとなっています。

……見る海の話をしていたら、何だか海に入りたくなってきました。
見るだけじゃ、やっぱりちょっともどかしいなあ。
海の魅力の半分は水面の上の美しさにありますが、もう半分は水面の下にありますからね。
こうやって、早く夏になれ、夏になれと念じてそわそわ待ちわびて、到来する季節を喜ぶんですよね。というわけであと半年!じりじりと、その中に入れる瞬間まで、眺めながら待っていようと思います。
その頃には、あのジーンズも履けるようになっていますよう!
明日から腹筋でもするか。

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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