みなさん、健やかに2023年度を迎えていますか?
こちらはなんとか無事にやっています。先日レストランに夜の予約を入れようとしたら、どこも満席で驚きました。お花見もどこも大盛況。4年ぶりだとその賑やかさにハッとしますね。
南房総もいろいろ賑やかです。この春は暖かいため、早いうちから雑草が元気に伸びちゃって仕方ない。
命の息吹くシーズン到来です!
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ビワの実は今まだベイビー。
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こちらはトウキョウサンショウウオの卵。これは4月頭の写真なので、きっとそろそろ孵化しています。
今年も咲いてくれたね、生まれてくれたね、と毎年のように出会える風景に心からホッとするのは、生きていると想定通りに運ばないことばかりだからでしょうね。
たとえば、我が家の春。
息子は資格試験の都合で大学休学中、長女はもう1年がんばることを(3月31日に!)決めて大学浪人中、次女は高校受験を控えた中3。まとめると、みーんなみんな受験生です。いい塩梅にばらばらに育った4学年差の3人がまさかここで足並み揃えてくるとはなあ、って話です。
だからといって親にできることは、びっくりするほどないもので。
こどもたちはそれぞれ、自分の人生のプランを描いたり消したり悩みながら暮らしているようです。かつて親の影響下からダッシュで逃げ出した経験者としては、とにかく自由に悩めるのがいちばん!と遠くから薄目で見守っています。
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とんでけ!どこへでも。
そんなある日、浪人中の娘と南房総に向かいました。
娘は先々のことを考え続けてくたびれていたようで、気分転換がしたかったんでしょう。
わたしはこの時期やることがたくさんあるので、ついてきたければどうぞというかんじでした。(内心とってもハッピーでしたけど小躍りするとウザがられるので)
この日は、芝山糀店で2023年度につくる手づくり醤油の麹を引き取る約束がありました。安房エリアの醤油麹づくりを一手に引き受けている芝山糀店の及川さんは、おそらく4月は多忙の極み。彼に負担をかけないようササっと用事を済ませて帰ろうと思っていました。
いつものようにホコホコに仕上がった醤油麹を持参した樽に入れます。
なんならその作業を娘に手伝ってもらったら早いな、と思っていたのですけどね。娘は及川さんにくっついて仕事場に入り、長らく出てきませんでした。
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あんまり出てこないから見に行ったら、麹室(こうじむろ)の中で何やら作業しながら、2人で熱心に話し込んでいました。話しかけず、そっと外に出て、またぼーっと待っていました。
醤油づくりは、今年で9回目です。始めた当初はこどもたちが小さくて手がかかり、醤油なんてつくっていられるのかなと不安になるほどしっちゃかめっちゃかな日々でした。
たしか及川さんもその頃は糀店の家業を継いで試行錯誤、怒涛の日々だったでしょう。
彼の麹づくりの技術は年々上達。
その恩恵を受けてわたしは毎年醤油をつくり続ける。
そうこうしているうちに10歳は19歳になり、ある日、及川さんとなにやら話し込む。
月日が経つって面白いことだな。
そう思いながら、外で2人が出てくるのをぼーっと待っていました。
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麹の香りを傍らに、きらきらと桜の舞うのを見ながらウグイスの声を聴いていました。
別れ際に及川さんが「興味を持った場所に行き、現場で思ったことをベースに考えを育てていったらいいんじゃないかな」と話してくれた言葉が彼女の心にストレートに入っていく様子が、見ていて分かりました。親が同じことを言っても、右から左に抜けていくやつです。不思議だよね。
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今年搾った醤油はとても美味しい出来栄えでした。また来年まで頑張ろう。こどもも大事、醤油も大事、及川さんも大事。
その後、南房総の家に着いてからは、娘はのびきったゴムのようになっていました。デッキでむしゃむしゃと食事したり、白目をむいて寝たり。そういえばこの日、スマホにはほとんど触れていなかったんじゃないかな。
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自意識のかけらもない時間。
午後、むっくり起き上がると、下のおばあちゃんちに顔を出しに行っていました。
(なんだか野生動物の行動記録みたいですみません)
いろいろお礼がしたいとのこと。彼女の高校のクラスメイトの間でおばあちゃんの“ショウガの甘酢漬け”が大人気だったらしいのです。新生姜の時期に、わたしがいただいたものなんですけどね。
お弁当に持っていくと「ちょっとちょうだい」と何度も言われるらしく、クラスメイト用にタッパーに入れてたくさん持っていったり「おばあちゃんのショウガの味を求めていろんなスーパーで買ったけどアレが見つからない」という愛好家の友達にプレゼントもしていました。(ちなみに、実のおばあちゃんだと思われていたそうです。笑。)
動画やお手紙では気持ちを伝えていたのですが、受験を終えてようやく直接お礼ができるいいチャンスだったのでしょう。
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そしたら今度は掘りたてのネギをいただいてしまう、というね!なかなかお礼にならない経験ができましたね。
わたしはわたしで、酪農家の山口さんのところに用事があったので顔を出しに行くと、そちらにも娘はついてきました。山口さんからいただく初乳のチーズが彼女の大・大・大好物で、ごはんの上にこのチーズとおかかと醤油を乗せ、チンしてホクホクのやつをいつも夜食にしていました。
まったく、どこを向いてもお礼したい人ばかりなわけです。
「でもね、もうあげられなくなっちゃう」と、山口さん。この夏で酪農をやめるそうです。ご高齢だからでもありますが、「続ければ続けるほど赤字が膨らむ」という理由が決断を後押ししたとのこと。
飼料代が高騰するも牛乳の買取価格は据え置かれ、それなのにGATT(ウルグアイラウンド農業交渉)の取り決めで乳製品の輸入は減らせず、国産牛乳の生産抑制のために乳牛1頭の殺処分あたり15万円の助成金が出ることになっているとか。「こんなの、55年酪農を続けてきて初めてだよ。トントンならまだいい。がんばって働いても、組合に“支払い”に行くんだよ。なんのためにやってるのかわからなくなっちゃうよね」。
奥さんもカレンダーを見ながら「うちは明後日2頭、出荷するの。かわいそうでね。でもそうするしかない」と肩を落としていました。
いつも呑気に初乳のチーズを頬張っていた娘は、その話をじっと聞いていました。
え、やめちゃうんですか?などと安易に寂しがるのは失礼だと察したようです。
ニュースで聴く世界情勢が、こうしてご近所の生活を一変させ、集落の風景を変え、日本の未来を変えていくという実感。受験勉強では知り得ないことです。
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廃業までに段階的に頭数を減らしている牛舎をのぞきながら、山口さんは「時間ができたら何をしようかなあ」とつぶやいていました。
いくつになっても、何をやっていても、未来というのはいつでも不安です。娘もそう、わたしもそう、山口さんもそう。リスクばかりを気にしていたら、手も足も動かせなくなります。55年の酪農人生を生き切ろうとしている山口さんは、これまで牛に付きっきりでできなかったことをちょっとずつはじめようかなと前を向いていました。
わたしはどう生きていこうか。
娘はどうするのか。
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彼らが菜花を収穫する姿は、身体とこの土地が一体になっている力強さがあります。山の仕事もそう。酪農はやめても、人生の本質はきっと変わらないのでしょう。
改めて、親がこどもにできることなどほとんどないことを噛みしめます。
そのかわり、親以外の大人たちがいろんな影響を与えてくれています。ありがたいです。
実はこれ、「となりのとなり」の法則、と勝手に名付けているんですけどね。
たとえば、1番目と2番目の子はケンカが多くて、1番目と3番目の子はいい関係だとか。
たとえば、お隣りさんとの関係は深入りできないけど、ちょっと先にいるご近所さんとは親しくなれたり。
たとえば、こどもは田舎が嫌いだけど、孫はおばあちゃんのいる田舎が大好きだったり。
まどなりの存在にはちょっと構えてしまうから、「となりのとなり」くらいの存在とつながりあうのがいいんじゃないかという話です。
娘の「となりのとなり」には、南房総の人達がいます。
もう親というバイパスは必要ないのですから、自分のタイミングで彼らにつながりあってもらえたらと思います。で、さんざんお世話になりながら「あー恩返しできるタイミングがないじゃん!」というジレンマに身悶えしてもらえたらと思います。
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夕刻の岩井海岸。 写真:小出一彦さん
これからGWにかけて、南房総は本当に美しくなっていきます。
みなさんも、渋滞時間を避け、のんびり遊びにいらしてくださいね!