暮らし術

2月ってどんなに寒くても冬ではなく、春なんですよね。
「今年一番の寒さだわぁ」と、分厚い靴下を履いて犬の散歩に出かける6時半も、ちょっと前よりずいぶん明るい。

でもなんだか今年は暖かい日が多いですね。寒いのは大っ嫌いなのに、ちゃんと冷え込む朝が尊い気がして「お!今日は霜柱が立ってるじゃん」とキシキシ愛しく踏みしめています。
みなさま、お元気ですか?

南房総にもちゃんと来ています。その年最初に見つけたフキノトウはもったいなくて摘みませんでした。

さて、わたしたち家族の二拠点生活ですが、気がついたら18年目を迎えていました。
南房総に転がり込んだとき2歳だった長女が今年20歳なんだから、まあそれくらい経つよね。ものすごーく昔から建っている古民家を「譲り受けた」という感覚がある我が家も、築年数の7分の1は馬場家の歴史の舞台になっているわけです。
時間ってどんどん経つね!

ちっちゃなこどもたちが駆け回っていた敷地で、今では犬が駆け回っています。

長いこと二拠点生活を送ってきたからといって別に何がすごいわけでも何でもありませんが、もし今、二拠点生活をしようか迷っている人/始めようとしている人がいたらエールを送りたいなと思い、今回は『18年目がお伝えする、二拠点生活の楽しみ方』を3つほどお伝えしようと思います。
「先輩ヅラしてなんか言ってらー」と思って読んでください。

1 たいへんなことをおもしろく

二拠点生活は大変なことが多そうだなと思い、踏み出せない人はいるんじゃないかと思います。

残念ながら二拠点生活は大変なことがまあまああります。
草刈りが大変、などは想定できる困難ですが、想定して回避することが不可能なトラブルの宝庫だったりもします。

そこは「何も起きませんように」ではなく「何か起きるでしょう!」と思っていた方がいいと思います。起きてしまう厄介ごとについては、いつもご近所の小出さんから言われていることを参考にしてください。

『人生はネタだからよ。大変なほど面白いネタになるから喜んだ方がいいべ?』

田んぼの作業中に腰椎破裂骨折をして動けなくなった時さえも「いいネタが増えたっぺよ」と笑っていた小出さんが言うんだから間違いないです。
わたしもそこそこネタの尽きない人生になっていると思います。

毛の生えていない未知の動物がのこのこ歩いていたので「新生物かも!」と喜んで抱き上げてしまったあと、それが疥癬のタヌキだと知り、調べたら「うつるので絶対触らないように」と書いてあった時の恐怖もあとになればネタです。

ウルシの葉はかぶれるから気を付けてとこどもたちに言ったら「どれくらいかぶれるか実験する」と息子が腕に擦りつけて腫れあがったときの衝撃も、あとになればネタです。

夜中に突然水が出なくなってシャンプー中に絶望したことも、畑の斜面をイノシシにほじくり返されて再生不可能感に絶望したことも、草刈り機の混合油をつくろうとしてエンジンオイルではなく同色のウォッシャー液を混ぜてしまい草刈り機がぶっ壊れたことも、オオスズメバチにぶちッと刺されたのも全部ネタです。

それを家族で思い出すたびに「あれはひどかった」と笑います。友達にもたまに話すけど、他人の見た夢の話が面白くないのと同じで「疥癬のタヌキでさあ!」と言われてもあんまり面白くないかもしれません。

ネタは自分のためにたくさん集めておこう。
それでいつまでも思い出し笑いできるんだったら、痛い目にあっても元が取れる気がしますから。

2 ‟自分”から脱出しよう

「そういえば、この家では鏡を見ないな」
先日ふと、そう思いました。

南房総では、自分の顔を気にするタイミングがないんですよね。買い物に行く時にチラッと確認するくらいで(煤がついていないか、とか)自意識が発動する時間がとっても短いです。

そのかわり、自分以外のものをじーっと見ていることが多いです。

そろそろサンショウウオが卵を産みます。3月頭になると用水路の升のなかで出会えるんです。産みたての卵塊はつるりとしていて静か。孵化直前になると卵塊のなかでちっちゃなサンショウウオがくるん!くるん!と動いているのが見えます。それを見ないと、わたしの春は始まりません。

ゲンゴロウのおばあちゃんが野菜を洗う手さばきも、見ていて飽きません。握力が5くらいしかないという皺深い手が、とっても効率よく働きます。弱くても強い、その手に見惚れてぼんやりしてしまい、おっと!自分が役立たずになっているぞと慌てます。

日々の生活ではどうしても、自分に粗相がないか、自分はちゃんとしているか、自分はみじめじゃないかとあれこれ気を減らすことが多いですが、二拠点目では自意識をまるっと脱ぎ捨てて“自分以外”に興味を持つと、より楽める気がします。野山の生きものを見つめたり、野菜づくりを追求したり、DIYに励んだり、地図にない山道を探検したり、地元の人の思い出話から昔の暮らしを想像したり。自分なりの“自分以外”があると思います。

自分のことも大事ですけどね。自分に振り回されるばかりだと疲れちゃう。

「リラックス」とか「リフレッシュ」って、‟自分から脱出すること”なんだと思います。

二拠点生活のいいところは、脱出するきっかけがゴロゴロあることです。

この時期は夢中で水仙を詰み、むせ返るような甘い匂いに身を浸しています。

3 変化を楽しもうぜ!

二拠点生活をためらう理由としてよく聞くのが、「今はいいけど、こどもが大きくなったら続けられないかも」「親が老いたら」「仕事が変わったら」など先々の変化に対応できないんじゃないかという不安です。

その気持ちはよく分かります。
これまでの二拠点生活のなかで一番不安だった時期は長男が中学入学の頃でした。小学生までのこどもは親にくっついて動いていましたが、成長すればいつまでも一緒に行動しません。「東京に残るこどものごはんはどうしよう?」とか「そこまでして続けるライフスタイルなのか?」などけっこうな葛藤がありました。

まあでも思い切って「南房総に来たい子だけ来る」というスタイルに切り替えてみたところ、結果的にこども自身がごはんをつくれるようになり、親も多少子離れできて、まあまあ何とかおさまりました。

我が子らの大きな流れを振り返ると、中高生の時代は田舎暮らしから興味が完全に失われ、高校を卒業する頃からそんなかたくなさが抜け、車の運転ができるようになると自分なりの二拠点生活を始める、というかんじです。面白いですよね。こどもにどういう心理的変化があったのか、未だにこっちはよく分かりません。

変化って、往々にしてストレスです。でも状況は絶対に変化していきますし、想定外の変化もたくさんあります。未来を心配するあまり今を固定するのは機会損失なんじゃないかな、と感じます。
「その時はその時だ」という腹の括り方も時には必要です。

近所の山口さんは昨年、酪農家を廃業。牛舎は空っぽになりました。当たり前のように牛がいた風景はもうありません。でも知ってる?山口さんはとっても元気なんだよ。「牛やめたら、お父さんと朝散歩する時間ができたの♡」と、山口さんの奥さん。

自分自身も刻々と変化していきます。
南房総にやってきた17年前、わたしは33歳でした。
ご近所で仲良くしている小出さんは55歳。(今のわたしとあんまり変わらない!)
ゲンゴロウのおばあちゃんは69歳。
もう本当にみんな、若かったよね!あれから18年間みんな元気でよかったよ!!

こんな速さで時が流れたらどうなっちゃうことか、みんなずっと元気でいて欲しいと未来の心細さにベソかきそうになります。でも絶対時間は止まらない。そしてちょっとありがたいことに、わたし自身は歳を重ねることにあんまり抵抗がありません。

毎年毎年、皮膚はちゃんとしわしわしてきますが、ゲンゴロウのおばあちゃんのしわが大好きな身としては自分のしわも嫌だけど好きになれる気がしますし、こどもが大きくなっても畑やら猫やら犬やら、最後まで何かを世話し続ける人生って幸せそうだなと思います。ああなりたいなって。

こどもが大きくなり、大人はちいさくなり、里山の景観も変化していきます。今のままでいて欲しいこともあるけれど、絶対に変わらないものなんて本当はひとつもないのです。だから毎年同じ時期にフキノトウが芽吹くと感動するのかもね。「ああ、変わらないように見えるものがある」って。

二拠点生活は、住まいの変化、季節の変化、地域の変化、そして自分の変化を能動的に楽しむ暮らしなんだと思います。
あんまり恐れないで、今を楽しみ、変化を楽しもうぜ!

何より、今日元気で幸せでいることが、大事だよね。

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さて、実は、わたしの連載は今回が最後になります。
なんと8年半、94回という長い連載になりました。
これまで読んでくださって本当にありがとうございました。

みなさまにとって、心豊かな暮らしが続きますように。

 

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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