暮らし術 2017-07-22 00.47.22

天気予報に曇りや雨マークが続くわりに、カッと晴れるとやはり暑い。
だって夏休みですもの!

もう充分日焼けしてますが、日傘必要!熱射がすごい。

もう充分日焼けしてますが、日傘必要!熱射がすごい。

暑いし、だるいし、仕事量の夏割り引きとかないんですけど、子どもの頃からの習い性でこの時期はどうもウキウキしてしまいます。
しかしなぜだろう?「夏=休める」というこの幻想。実際は真逆の生活なのになあ。

「ニイニ、夏休みはヒマ?」
「……俺ヒマに見える?」
「見えないけどさ」
「8月20日まで時間ない、全部練習」
「え~~~でも時間つくってよ。ニイニしかできない重労働があってさ。南房総いこ」
「は??無理。休みは合宿前日だけしかないんだって」
「おお!そこだ。その日に行こう!!」
「は??は??
体調整えるための休みに、南房総に重労働しに行けと?」

ああ、なんてツレない。
ちょっと前まで、夏のキミは全週末シュノーケルしてたじゃないか。魚と戯れていたじゃないか。いつから塩水より塩素臭い水の方が好きになったんだ。

高校2年生の息子は水泳部員につき、夏は本番だらけ。家で見る姿は白目をむいて寝ているか爆食いしているかのどちらかです。
毎日毎日、生命を維持する必要量の何倍も食べて、人類として多少申し訳なく感じないのか?と問うと「練習きつすぎて食べても食べても痩せちゃうんだよ」と、答えが答えになってません。

まあ、いつまでも親と一緒にいられても困りますけどね。
青春には青春の都合があるだろうし。

それでもこっちには、息子に来てもらわなきゃならない用事がありました。
東京の家に地植えしていた蘇鉄が法外に大きくなってしまい、にっちもさっちもいかなくなってしまったので、南房総に移植するという作業です。「たくましい君ならわけなく運べるはずだ」とほんのり持ち上げつつ「直近で植えられなかったらコイツはほどなく枯れるだろう」と言外に脅したところ、妙な具合に命を尊ぶクセのある息子は、しぶしぶですが引き受けてくれました。そうこなくっちゃ!
無駄についた筋肉を実務に使ってもらう、いいチャンスです。

堀り上げるのも一苦労、という大きな図体。

堀り上げるのも一苦労、という大きな図体。

南房総に向かう道中、きっと息子はスマホでYouTube見っぱなしか寝っぱなしだろうなと思っていたら、残データ容量がなくなって通信制限中だったらしく、ヒマにまかせていろいろ喋っていました。

起きている間中、ほぼ水泳のことを考えている。
本当に速い人はむやみに練習するだけでなく理論も研究してる、理論大事。
運動能力が高くないのは自覚しており、それを筋肉と理論と努力で補っているため限界も見える。
それでも「来年インターハイに出る」と宣言しているのは、逃げ場をなくすため。
口に出して言ってりゃ現実になる確率は高まると思われる。
別に水泳以外でも、釣りもさばきもルアーづくりもしたいし、熱帯の海で魚も見たい。
ただ、圧倒的に時間がない。
あと、将来何になりたいかはまったく分からない。
宿題提出が間に合わない、提出物をなくすといった夢を毎日見る。
とりあえず来年の夏にインハイ出たあと受験勉強するわ。

釣ったイワシをアンチョビにするなど、時間がないというくせにやりたいことはやる。

釣ったイワシをアンチョビにするなど、時間がないというくせにやりたいことはやる。

……まあ一言でいうと「多分浪人しますけどいいですね?」という伏線です。笑。
(勘弁してよ。)

忙しい、忙しいと言いながら機を逸し続け、2か月ぶりに南房総の家に来た息子は、「ああやっぱりこの匂いは落ち着く」と家の匂いを嗅ぐやいなや、ばたっと寝てしまいました。

古民家の匂いは睡眠効果があるのか?ただ眠いだけか?

古民家の匂いは睡眠効果があるのか?ただ眠いだけか?

「作業前にまず休むってなんなの!」とどやすと、「わーったよ……どこに植えるんだよ」と不機嫌極まりない。

それでものっそりとスコップを持つと、作業が早いです。
わたしだったら半日かかる仕事でも、筋肉にまかせてぐいぐい進めます。
大きくて深い穴をあっという間に掘り、赤玉土やら肥料やらを配合したフカフカの床土をつくり、そこにドサッと植物を入れて優しく埋め戻していました。うまく活着するといいんだけど。

でもなぜ裸?

助かったよ。でもなぜ裸?

その他、刈った竹や重たいものの移動、息子の育てている植物の水やりや植え替え(責任あるからね)など、小雨の降る中で「嫌いじゃないんだよな、こういうことも」と言いながらこなしていました。

ひととおり終わって、家に入った息子。

「あれ?ところでこのテーブルが例の?」

気付いたようだな。
そうだよ。例のだよ。

「まじか!売っているものにしか見えない」

もったいなくて使えないほど美しいでしょ。

もったいなくて使えないほど、美しいんだよ……

今年の冬のDIYエコリノベワークショップで畳から板の間に変えた部屋に、先日、新しいテーブルがやってきたのです。富津に住む友人の菅原さんが、デッキ材のあまりでつくってくれたもの。膨大な手間暇がかかっているのが分かる素晴らしいディテールで、喜ぶよりも恐縮していると、「いやいや完成じゃないよ、塗装くらいは馬場さんが自分でね」と最後に突き放された次第。笑。

この不器用なわたしが仕上げをしたら最後に台無しになるんじゃないかと内心冷や汗が止まらかったのですが、保護塗料が用意してあるのを見つけた息子が「俺に塗らせて」と突然申し出るので、わたしよりはマシなはずだと思ってお願いしました。

ちょっとちょっと、絶対ムラにしないでよ、とりかえしつかないよ、と注文だけはやたらとつける母に「は??誰にモノ言ってんの?俺ルアーつくり歴6年よ?」といばりちらすやつ。

でもルアーづくりと家具づくり、同じ土俵で語っていいのかね。

でもルアーづくりと家具づくり、同じ土俵で語っていいのかね。

「なんかさあ。
こんなすげーテーブルとかつくってもらっちゃってさあ。
あの額に入った伊予ヶ岳の写真は、小出さんが撮ったものでしょ?
それからそっちの小物ハンガーも」

林業仕事においてはプロ同然の腕を持つ友人の高橋さんが、うちのユズの枝でつくったもの。

林業仕事においてはプロ同然の腕を持つ友人の高橋さんが、うちのユズの枝でつくったもの。トゲを活かしたデザイン。

「ママ、南房総での生活、誰よりも楽しんでるでしょ?」

ふふふ。ばれたか。
そう。キミが発端で、なぜかわたしの人生の半分くらいが南房総に置かれるようになった。
キミの足が遠のいた今でも、ママはここで濃い時間を過ごしてる。

家族全員でここで歴史を重ねていた時代は、本当に濃い時間がここにあって。
カブトムシのトラップをつくり、海に潜り、川に通い、本当にやることが尽きない週末で、まわりが見えないくらい夢中になっていました。

でも、こどもたちが「全員」いる日々が減っていくのは、とっても自然なこと。
家族から自立したい、という思いこそが成長ですから。

中学1年になった上の娘は陸上部に入り、この炎天下で走り込みをしているという……走るのが大嫌いなわたしには理解不能な充実した日々を送っています。その上、小学生の補習補助ボランティアだの小学生のバスハイク補助ボランティアだのやっているらしい。成長過程ではキラキラ女子になると思っていたのに、知らないうちにボラ子になっていました!そんなわけでほとんど家にいません。

小学3年の末娘くらいはヒマかといえば、小学校の合唱団に入り、NHK学校音楽コンクールの本番に向けて毎日練習で登校。ママの小学校のときは夏休みには1日も学校なんかに行かなかったなあ~とぼやきたくもなりますが、別に本人が納得してやっているならこちらが口出す必要もないですしね。
まだまだ親の腰巾着ですが、それだって小学生時代くらいだろうと思います。

そうして大きくなるこどもたちを育て見守りつつ、一方では家族生活にとどまらず一歩外に出た関係性を南房総につくっているママがいることを、こどもたちはどう思うだろう?

地域のイベントに顔を出すと、信頼する友人の姿がすぐに何人も見える安心感ったらない。

南房総の兄・小出さん(右)と、南房総のドン・安西さん(左)。

南房総の兄・小出さん(左)と、南房総のドン・安西さん(右)。

こないだ菅原さんちで「野外シアター」を見たのは楽しかったなあ。
手づくりの板のスクリーンで。
気の置けない仲間たちとともに。

クローズアップ現代+を見る。ここにいる仲間たちが取材された回をみんなで見て、わいわいヤジとばして楽しみました。

野外でクローズアップ現代+を見る。ここにいる仲間たちが取材された回。わいわいヤジとばして楽しみました。

 

ここではみんな、社会の所属から離れた、ただの個人。会社員でも社長でもフリーターでも、パパでもママでもない。

ここではみんな、会社員でも社長でもフリーターでも、パパでもママでもなく、社会の属性から離れた個人になります。

 

2011年に設立したNPO法人南房総リパブリックの活動も、広がりと深まりが増しています。地域の廃校活用について考える合宿をしたときは、夜通し話し込んだなあ。

南房総の現状と魅力を把握し、未来を導き出すためにうんと頭を使う。

南房総の現状と魅力を把握し、未来を導き出すためにうんと頭を使う。

 

真剣なときは、時間の終わりを気にしたくないから。

真剣なときは、時間の終わりを気にしたくないから。

 

「いいんじゃね?幸せにしてもらってるほうが、こどもとしちゃいいわ。不満たまってイライラされるより」
と、息子。
いちいち何となく感じ悪いやつだ。

「将来俺が結婚する相手は、自然好きじゃないと無理だから、そしたらこどももきっと自然好きになるだろうから、そしたらここで過ごすことになるだろうから、そしたら“里山のおばあさん”としてここで子守りしてくれ」

うーん。まんまと使われるのは嫌だけど、それはなかなか悪くない将来だ。

こどもたちが自分のこどもたちをつれて、ここで過ごせたら。
そんな幸せなことはない。

でもね。
実は最近、「我が子らにこの家を相続する」なんて縛りはナシにしようと思っています。本当にここで暮らしたい人が、土地の歴史を紡いでいくのがいい。わたしたちに土地を譲ってくれた地主さんがいたからこそ、ここでの暮らしをつくれたんだもの。

なので息子よ、
“いつまでも あると思うな 親と土地” ってことで、

自分の人生は自分でつくれ。
残されるものに期待するな。
こっちも押し付けないから。

で、もしたまたま、お互いで折り合うところがあれば、孫とも一緒にここで過ごそう!

 

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
※本記事の情報は、公開当時のものです。以降に内容が変更される場合があります。
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