暮らし術 IMG_4051

先日、ちょっと驚いたことがありました。

親友家族が我が家に来ていた時のこと。みんなで昼ご飯をつくってわいわい食べ、完全に緩みきっていたところ、表で「すいませーん」という控えめな呼び声がしました。
南房総の家では、在宅時には玄関の引き戸を網戸にしているため、外も中も声が筒抜けなのです。

なんか聞きなれない声だな、と思いながらツッカケを履いて外に出ると、おばあちゃん・お母さん・息子さん、といったような3人が、ちょっと緊張した面持ちで立っていました。やっぱり、ご近所の知り合いではありません。

うちには月に1度くらいの頻度で『週末は田舎暮らし』の読者の方の突撃訪問があるので、今回もそうかな、と思いました。だいたいそんな時にかぎって、普段にも増してスッピン髪ぼさぼさ、畑から帰ってきて汗みどろ、寝っ転がってドラえもんを読んでいる娘を「じゃま!」とどやしているなど、田舎暮らしの実態を過小評価されかねないバッドタイミングだったりするんですよね。今回も相当な武装解除状態で、バカ話をしながらガハハハと笑っている最中でした。なかなか顔の筋肉が戻らない。

「あのー、馬場さんでいらっしゃいますか?」
あ、はい、そうですけど。
「ええと、あの、わたくしKと言います」

Kさんですか…え?
Kさん?
ひょっとして、あの、Kさんですか?!

「はい、ご無沙汰しています。突然すみません」

あのKさんのご家族がいらした?!とびっくり仰天したわたしは、「こ、こちらこそ、ご無沙汰しています!」と頭のてっぺんから変な声を出してしまいました。

Kさんとは、9年前、わたしたちにこの土地を渡した、売主さんです。
つまり、売主さんのご親戚が、9年ぶりに訪れたということです。

初めて、この土地を見に行ったときのわたし。まだ2歳だったポチンを抱っこしています。

初めて、この土地を見に行ったときのわたし。まだ2歳だったポチンを抱っこしています。

……一般的には、不動産の売買時には仲介業者とのやりとりで進めていきますよね。ところがわたしたちの場合、土地の紹介は仲介業者さんでしたが、交渉自体は売主さんと直接進めていくようなところがありました。何度もお会いして、話し合い、お互いの言い分を理解しながら妥協点を探っていくという泥臭いプロセスがあったので、売主だったKさんの顔もしぐさもよーく覚えているというわけです。

Kさんは、ちょうどわたしの父と同い年の男性で、三芳に先祖代々住んでいた方でした。すでに家族と共に他の土地に居を移しており、長らく空き家のまま管理していましたが、いよいよ売却して手放すという決意をするにあたり、「それなりの覚悟のある人でなければ金銭的に折り合っても譲らない」という強い思いがあるようでした。それから、8700坪という広大な土地を切り売りせずに、まとめて引き受けてくれる人に売りたい、という希望がありました。その2つのハードルの高さからか、実際、わたしたちがこの土地と出会う前に、何組もの購入希望者がKさんの元を訪れていて、交渉がまとまらずに去っていったという話を聞いていました。その中には大物俳優の名前もあり、そんな羽振りの良い人にも売らないなら実は売る気がないんじゃないか、と思ったこともあったほどです。

ただ、Kさん一家が本当にこの家を大事にしているということは、よく分かっていました。わたしたちはこの土地と出会って購入を決心するまでの8か月ほど、幾度となくここに通い詰めて検討を重ねていたわけですが、春も、夏も、秋も、いつ訪れても隅々まで草刈りが行き届いていて、家の中もかび臭くなく、人の手の入っている場所独特の心地よさがありました。(おかげで「雑草は、放置したら伸びる」という事実にさえ気付けなかったくらいです!)畑も小さい規模で続けていて、季節の野菜が顔を出し、収穫されるのを待っているかのような時もありました。

今よりぜんぜん管理が行き届いている!木々も、斜面の状態も、とてもすっきりしています。どんなに手間をかけていたのだろう。

今よりぜんぜん管理が行き届いている!木々も、斜面の状態も、とてもすっきりしています。どんなに手間をかけていたのだろう。

そんなKさんが、なぜわたしたちに土地を売ってくれる決心をしたのかは、今も分かりません。減額交渉を重ねるようなお寒い懐具合でしたし、農作業の面でもド素人です。

何度かにおよんだ面接の末、「あなたがたに決めよう」ということが伝えられた時には、驚きと共にとても大きな達成感を感じ、未来への期待と不安がどどどっと押し寄せてきたことを覚えています。(このあたりのことは著書の中で詳しく触れています。)

そして、引き渡しの日。いよいよ自分たちの家になるんだとワクワクしながらこの家に行くと、ちょうど、Kさんとその親族の方々がゆっくりと玄関から出てきました。最後の日にみんなで1日泊まりたい、と言っていたので、きっと長い夜を過ごして別れを惜しんでいたのでしょう。

本当に最後の最後、馴染み深い家を明け渡す瞬間に、玄関先で後ろを振り返ってぐるりと見渡し、意を決したように出てきた女性たちが、今日、我が家に訪れたおばあちゃんとお母さんだったのでした。

9年ぶりの、再会です。

「突然ごめんなさい。お彼岸なので、ちょっと寄らせていただきました。
実は今までも、お盆やお彼岸に、この近辺まで来ることはあったのですが、家の方までのぼってくるのは申し訳ないと思っていたのです。でも今日は思い切って伺ってみました。いらっしゃらなかったらどうしよう、と思ってたけれど、みなさんの声がしてほっとしました……」。

お母さんは一気にそう話すと、ふっと表情が和らぎました。
そういう表情が、Kさんと似ていてドキリとしました。

端っこで黙って立っていた、小学校高学年と思われる息子さんが、チラリと家の中のポチンのことを見ました。
ほらポチン、いらっしゃい。この家の前の持ち主さん、Kさんのご家族よ、と声をかけると、戸惑ったような顔でちょっとだけ顔を出して、すぐ引っ込んでしまったポチン。彼女は、家の引き渡しの時はまだ2歳だったので、Kさんたちのことを覚えているはずもありません。

「まあ、あの時にママが抱っこしていた赤ちゃん、こんなに大きくなられて」と感慨深い声を出したのは、おばあさんです。おそらく、ここへお嫁に来て、同じように子育て時期をここで過ごされたのでしょう。何とも言えない泣きそうな笑顔で、うちの中で賑やかに食事をしているこどもたちをそっと眺めていました。

ぜひご遠慮なさらないで、これからはいつでもいらしてください!家の中も、引き渡しの時からほとんど変わっていませんから。もしよかったら上がられませんか?とお誘いしましたが、「いえ!とんでもない!」と腰を引いてしまってまったくあがろうとしません。

購入権当時の内覧の時に見た、10年前のこの家の様子。今とぜんぜん変わっていません。わたしたちは本当にそのまま、受け継いで住み続けています。

購入権当時の内覧の時に見た、10年前のこの家の様子。今とぜんぜん変わっていません。わたしたちは本当にそのまま、受け継いで住み続けています。

ならばぜひ、畑などの様子もゆっくり見ていらしてください、ずいぶん荒れてしまったところもあって申し訳ないのですが、とお伝えすると、「それはそうでしょう、こんなに広い土地を管理するのは、大変ですよね。草刈りやりきれないでしょう」と、かえって申し訳なさそうな顔をされたお母さん。それを見たわたしは、何だか最高の理解者と巡り合えたような気が(勝手に)して、感動してしまいました。

大変ですが、本当に気に入っています。西からの眺めは特に好きで、思わずデッキをつくりました。それが我が家で唯一の改修工事なんです、と話すと、「わたしもあの景色が好きで、木に登ってよく眺めていたんですよ!」とのこと。そう、デッキの脇の木の枝には板が打ち付けてありました。ここに座って西の空を眺めていた人がいたんだろうなあ、と思ったのが、デッキをつくったきっかけでもあるのです。

家の西側に広がる景色、日の入りの様子は、きっと昔も今も変わらず美しい。

家の西側に広がる景色、日の入りの様子は、きっと昔も今も変わらず美しい。

「わたしたち、毎年送っていただく年賀状がとても楽しみで。お子さんたちが大きくなっている様子や、その背景に写っている三芳の家の景色や、住んでいらっしゃるかんじを見ることができて。こういう若いご家族に、ここをちゃんと使っていただけて嬉しいです」。

ああ、そうなのか、年賀状を見てくださっていたのか!

本当に不思議な感覚です。親戚でもなければ、親しい知人でもない。9年前の売主と買主という関係で、もし、仲介者にすべてを任せていたら、会いもしなかったような間柄です。9年前はご挨拶程度しかしなかったし、今日初めて会話らしい会話をしたくらいなのに。
こんなにも、会えて嬉しいと思うとは。
分かりあえているような気が、するとは。

舞い上がってしまったわたしは、何だかうまいこと思いが伝えられないまま、通り一遍なことばかり喋っていた気がします。もっともっと、話したいこと聞きたいことがあったはずだし、もっとちゃんと引き止めればよかったのに、帰っていく3人に「またいらしてください!」を繰り返してたくさん手を振るだけになりました。

この家を購入してから生まれたマメを抱っこして、畑で。Kさんの娘さんと同じ、生粋の三芳育ちです。

この家を購入してから妊娠・出産したマメを抱っこして、畑で。マメはKさんの娘さんと同じ、生まれながらの三芳育ちです。

三芳の家は、わたしたちにとっては、縁もゆかりもなかった土地です。

逆に言えば、地域の人たちにとって、わたしたちは縁もゆかりもないヨソモノそのものだったわけです。9年経った今では、ずいぶんと親しい方が増えてきて、ようやく「あの家の人たちは怪しいもんではない」くらいには思ってもらえるようになったと思います。そして、お世話になっている方の中には、Kさんの親戚の方が何人かいらっしゃいます。

そう。売主のKさんとご縁が深かった地域の人たちは、Kさんがこの土地を去った後も地元にいるわけで、そのKさんの家に転がり込んだわたしたちは「ウエンダイ(家の屋号)の馬場さん、大丈夫かな?」と地域からいろいろ心配されていたはずだ、ということが、今となればよく分かります.
そんなこと、家を購入した当初は考えもしませんでしたが。自分たちの新しい暮らしをつくることで精いっぱいでしたから。

でも、Kさんの家をわたしたちが住み繋ぐということは、「ご縁も引き受ける」みたいなことだったのかもしれないと、今になって改めて感じます。

Kさんやその親戚の方とつながると妙に安心する、この感じ。きっと、東京だけに住んでいたら分からなかっただろうと思います。「なにそれ。田舎特有の濃い親戚関係の中に入るかんじ?めんどくさそうだなあ」なんて穿った推察をしていたかもしれません。でも実際は、縁もゆかりもないという潜在的な緊張状態がある中で、「家」でつながる縁を大事にしたいと思う気持ちが育つものなのです。

早く、次のお彼岸が来ないかな。
またあの3人が来ないかな。
Kさんも、来ないかな。

あてもなく、次に彼らと会う時を期待しているわたしです。

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
※本記事の情報は、公開当時のものです。以降に内容が変更される場合があります。
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