みなさんは、暑いのと寒いの、どちらが苦手ですか?
わたしは圧倒的に寒いのが苦手です。
その昔、顔の濃いわたしの母は、1970年開催の大阪万博でインド館のインド人に「アナタニホンジン?インドジンモビックリネー」と驚かれたそうです(日本人です)。わたしのこの寒さにめっぽう弱い体質も何かそれと関係しているんじゃないかと、勝手に考えています。
比してうちの子らは、寒さに強い。
まず靴下が嫌いで、冬も裸足がデフォルトです。
水泳部員のニイニはいつでも着衣は最低限、冬もタンクトップ姿ですし、ポチンは1年中短パン。マメに至っては今でも長袖シャツ1枚で通学しています。上着を持たせても、通学中にぐるぐる振り回し引きずって歩くだけなので意味なし。親のわたしはミシュランのタイヤマンみたいにもこもこ着込んでいるというのに。
同じ人間でも温度感覚は違いますなぁ。
寒い寒いっていうけど、南房総に家があるからいいじゃないですかって?
それ、よく言われるのですが、大いなる誤解です。
南房総の沿岸部は暖かくて花卉栽培が盛んだったりしますが、わたしたちの住む中山間地は昼間はぽかぽかでも朝晩の冷え込みが厳しく、避寒地とは思えません。
(ヒートアイランド現象で、東京の方が断然暖かいです。)
朝、日の当たる前の畑では、野菜たちに真っ白な霜が降りています。廊下が床板1枚で隙間から地面が見えるという低気密低断熱の古い民家に住んでいると、家の中の温度計は朝6度を差し、家の中でもバッチリ息が白いです。寝ていると文字通り「鼻筋が凍る」かんじ。
なんだよ、南房総って暖かそうな名前して!
と文句言いたくなるくらい。
冬が苦手な身としては「あったかくなったらまた来るね」と言い残して東京で越冬したくなるか、と思いきや、実はわたし冬の南房総がわりと好きなのです。
なぜって、雑草がぜんぜん伸びないから。ほっ。
(消極的な理由ですみません。)
11月になるとあたりの景色が茶色っぽくなり、草の伸びがぴたっと止まります。それから新年度を迎えるあたりまでが素晴らしい季節です。
「今日は、何する?」なんて日和見の計画を立てちゃったりして優雅なもんです。
のんびり家の裏の竹を刈って整理したり、のんびり伸びすぎた木の枝を落としたり、のんびり冬野菜の世話をしたりと気ままに過ごします。
ま、結局わりと野良仕事をするんですけどね。
しかも、冬の野良仕事はとても暖かいです。むしろあっついくらい。
竹や木の枝、落ち葉などをかき集めて、燃やすのです。
一度始めてしまうと、火のそばを離れがたくなってしまって、結局1日焚き火です。
なぜだかまったく飽きません。ずーっと火を見ていたいと思っちゃう。
ずーっと見ていたいから、燃やすものが必要。だから竹刈りもがんばる。ジゴジゴジゴジゴジゴとノコギリをひきながら、頭の中ではすでに火の粉のパチパチはねる音が響いています。
都心のマンションで育ち、野良仕事や野外生活とはほぼ無縁な環境にいたわたしは、「垣根の垣根の曲がり角~♪」と小学校では歌ったものの、実際は家の近くでそんな風景を見たことがありませんでした。やったら捕まっちゃうからね。
そして今は、こどもたちはこの歌を学校で習っていないそうです。先日わたしが口ずさんでいたら、「なにその歌」と一瞥されて衝撃を受けました。
いや、むしろうちのこどもたちは小さい頃から焚き火には馴染んでいるんですけどね。
火の前にいる時、心の中はカラッポです。
燃やす材料をうまくくべて火が絶えないようにすること以外は何にも考えません。思索にふけるわけでもなし。ぼんやりしているというかんじでもなし。ただただ、長い時間が過ぎるのです。
家の中で、同じ長さの時間をごろごろして費やしていたら、ああ今日は無為に過ごしてしまったなー、と後悔しそう。
でも不思議なことに、たき火をしていると、時間が無駄に費やされたという気持ちにはなりません。目に見えないたくさんの小さな擦り傷切り傷がゆっくりと治っていくように心が癒され、満たされた気分になります。
なんでだろう?
どうやら炎には、生体に快感を与える「1/ fゆらぎ」といわれるリズムがあるそうです。
自然界にあるものは、一定の規則正しさの中に不安定さも混じっていて、この不安定さの一部が人に心地よさを与えているとのこと。炎のゆらぎや燃える時の音のほか、小川のせせらぎの音や、木漏れ日、心拍、目の動き、蛍の光、それから電車の揺れなどもこれにあたります。
言われてみれば、里山は1/ fゆらぎだらけですね。
ここにいると、日々そこはかとなく感じている焦燥感や消耗感が薄れ、ただ外で過ごしているだけで穏やかで満たされた気持ちになるのですが、それは脳が自然界のリズムに反応していたからなのかもしれないな。
いつもはコタツの中から全く出ようとしない無精者のこどもたちですが、
焚き火の時だけはのこのこと出てきて、まわりでうろうろし出します。
「ねえ、もういいかな?」
まだだよ。
「……ねえ、そろそろじゃない?」
焦ると失敗するよ。ガリッとするとがっかりするでしょ?
「ねえもういいんじゃない!朝からずっとだから大丈夫だよ!!」
そうかい?
では、探してごらん。どこにあるかな。
こどもたちの目当ては心の癒しでも何でもなくて、コレですね。
「できてるよ~!」
早く火が通るといいなという気持ちから、細長いさつまいもを選びがちなのですが、真ん中がしっかりと太っているものの方が圧倒的に美味しいです。ちなみに写真のものは近所の小出さんからいただいたさつまいもなんですが、「ちょっと保存してから食べた方が甘くなるっぺ」と言われたとおりに1か月くらい置いておきました。
それを長い時間かけてゆっくり焼いたら、中までねっとりと甘くて本当に美味しい!
甘党ではないわたしでも、いくらでも食べられちゃうから困っちゃう。
しかしうちの贅沢なこどもたちは、さんざん食べた後にこうぬかします。
「ママ、口が甘くなった……しょっぱいものがほしい~」
は?ワガママな。ママは打ち出の小槌じゃありません。
と突き放すと、娘のポチンが無言で畑に走り、大根とカブをずぼっと抜いてきた。
小ぶりなものを数本ぶらさげて戻ってきたと思ったら、「ママは手伝わないで」と冷たく言い放って台所へ入ってしまいました。
最近では、野遊びや野良仕事に対してかなりクールな態度をとるようになった、思春期の入り口にいるポチン。わたしが畑に身を置き、木々やそよ風など1/ fゆらぎの音に耳をすませてウットリ身をゆだねている脇で、パパからもらったお古のiPodで洋楽をシャカシャカシャカシャカ聞くようなヤツになっています。「なんで日本にはプロムがないの?なんで日本には制服があるの?ねー留学したい!」と騒ぐようなヤツになっています。
(ところでプロムって知ってます?アメリカやカナダの高校で卒業前に行われるダンスパーティ。そういうもんに憧れる11歳。)
ああ、ここではないどこかにきっとわたしの理想の世界があるはず……!
というかんじでしょうかね。
今自分のいる環境に“おさまりたくない症候群”、絶賛発症中。
そんなポチンが、この日は鼻歌まじりに、畑のスープをつくってくれました。
冷蔵庫にちょっと残っていた豚肉も投入。いいお出汁が出ています。
なりゆきまかせの、素朴な野良ランチ。
でも、晴れてて、美味しくて、家族がニコニコしてて、隣に焚き火があって、1/ fゆらぎがそこかしこにあって、ひょっとしたらこりゃ、けっこう幸せなんじゃないの?と思うようなひとときでした。
夜は、最後までこの焚き火の熾火を見ながら過ごしました。
ちなみに先日、美容院に行ったとき、「馬場さん、最近、南の島に行ったりしました?」と言われました。髪の表面が極度に傷んでパッサパサだったそうです。
行きたいけどもちろん行ってませんよ、と答えながら、そういえば、と思い出し、「毎週、焚き火してるからかしら」とつぶやくと、「焚き火……想定外です」と、言葉を失う美容師さん。
みなさん、焚き火をするときは、髪に保護膜をつくるためにオイルを塗っておくとよいそうですよ!
心が豊かになり、髪がパッサパサになるというのも一興ですが、できればどっちも潤っていたいですよね!
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さて、今年もあとわずか。
このコラムも、今回が今年最後です。7月に開始してからちょうど10回、「誰このひと?なんだこのコラム?」と不審なかんじで始まったであろうにもかかわらず、これまでお読みいただきありがとうございました。来年も引き続き、拙コラムをよろしくお願いいたします。
おもしろきこともなき世をおもしろく
すみなすものは心なりけり!