暮らし術

集落の中を、うちの車がぶーんと通ります。

紺色のフォードエクスプローラー。
買った時からけっこうな中古でしたが、12万キロほど乗ってだいぶヤレたかんじになっています。

うちの車が家に到着すると、通った時のエンジン音で区別がつくのか、集金や書類の受け渡しなど、用事のある集落の方々がタイミングよく訪れます。いつもいなくてすみません~と恐縮した気持ちになるのと同時に、いたりいなかったりの気配を感じ合って暮らす距離感にホッとするのもこういう時です。
家と家の物理的距離自体は、建て詰まった東京と違ってとてーも離れています。でも、ご近所さんとの心理的な距離は、東京よりもずっと近い気がします。

「おう、時間あるか、裏の畑寄ってくか」と声かけてもらうことも。

「おう、時間あるか、裏の畑寄ってくか」と声かけてもらうことも。

それにしても、うちの紺色のやつは、車体がデカい。
どう見ても田舎のうねうねした細い農道を走るにはごつすぎます。さすがにもう「あの車はどこの誰だ?」と思われてはいないと思いますが、軽トラや軽バンが軽やかに走行する姿に比して、うちの車は腰の重い雰囲気が漂っていて違和感満載。風景の中にすいっと馴染むかんじではないですね。

なぜわたしたちがこの車に乗っているかというという理由は、2つほど。

ひとつは単純な話。いつも運ぶものがたくさんあるからです。
行きはこども3人、猫2匹、東京で育てていている観葉植物の中で南房総に移動するもの、家族の季節の着替え、畑でとれない類の食料、カメラやパソコン、こどもたちの宿題、ロードバイクなど。
帰りは加えて収穫物、いただきもの農産物、安く手に入れた農産物海産物、南房総で育てていて花が見頃の観葉植物の鉢、週末出たゴミなども加わり、トランクルームはテトリス状態でぎっしり。
この量がしっくりおさまって、東京の我が家の駐車場に車体がおさまって、なおかつ予算内におさまるとなると、いろいろ検討した結果こいつがベストチョイスだったというわけ。

それにしても、過去には諸般の事情でキジ3羽も行き来していましたし、生きた魚やサンショウウオ、イモリなども同乗することがありますので、いろんな命を搭載している賑わいがすごいです。

こどもたちは、かわるがわる好きな音楽を流します。
ニイニは、あなた50歳ですか?という趣味なので忌野清志郎だのQueenだのレッチリだのといった古典曲を熱唱し、ポチンは西野カナやmiwa、相対性理論の歌を口ずさみ、マメは音楽の時間に習った「世界がひとつになるまで」を朗々と歌いあげます。
その合間に、トンネルの暗闇に怯えた猫たちがミョ~オと鳴き、魚が跳ね、キジがばたつく。
実ににぎやかな、ノアの箱舟です。

こんな状態のこともあります。もはや乗用車の体をなしていない。

こんな状態のこともあります。もはや乗用車の体をなしていない。

もうひとつは、我が家の定番旅行、アメリカ砂漠キャラバンの影響です。

アメリカ南西部、メキシコ国境付近の砂漠地帯をレンタカーでずんずん走り、自生植物や雄大な風景を見てまわるという酔狂な長旅に出ることがよくありました。スタートの空港で車を借り、地図と図鑑と食料を積み込んで走り出し、その日に到達できた町でモーテルを探して泊まったり、国立公園の中でキャンプしたり。
トランクには大量のおむつ。いい加減な離乳食。ちっちゃな子がさらにちっちゃな子の手をひき、砂漠の山をてけてけと歩きながら「こんなところが地球上にあるんだねえ」と真っ赤な風景に見惚れる日々。

そこで乗っていたのが、いつもフォードエクスプローラーだったのでした。

遠くにうつっているのが心強い同伴者、フォードエクスプローラー。

遠くにうつっているのが心強い同伴者、フォードエクスプローラー。娘たちもいますね。

アメリカの自動車らしく大味なデザインで、大量の荷物をがんがん載せても、がったがたのダートロードを走ってもびくともしない、まさに実用車。返却する頃には土埃でボディの色がよく分からないような状態になっていても、「OK」とこともなげに引き渡せるということにも驚きました。
それどころか、現地で会う知人の車なんて窓にひびが入っていたり床に土埃が積もっていたりと衝撃的なボロさ。休日になると洗車場に列ができて、中も外もピカピカにしている日本人と、車に対する意味づけが違うのだなと改めて実感したものでした。

実用車、むしろかっけー……

うちの実用車は細い道を走るため、しばしばJAFにお世話になる始末。

ま、そんなわけで、ずぼらなわたしには好都合な理由で何の気も使わずに乗れるのが、このフォードエクスプローラーなんですが。
どうも、南房総暮らしにおいては間尺に合わないんですよね。

第一、 燃費が悪い。さすがアメ車。田舎では「近所へ買い物」といってもかなりの距離を走るので、負担感大。
第二、 小回りが利かない。狭い農道でいつもストレスを感じる。
第三、 農機具が積み込めない。いくら大きな車とはいえ、トランクルームでは高さも長さも足りない。

これまで10年ガマンしてきましたが、いよいよ不便も限界に。
ついに先日、軽バンを入手しました!

今年で一番うれしそうなわたし。笑。

ベコボコの中古、でも充分走るやつ。まるっと15万円。
で、念願の袖ケ浦ナンバー。やったあ!
南房総市に住民票をうつした時と同じくらいアガります。

心を決めてから購入するまで、わずか2日。
「車」を持つって、もっと敷居の高いものだと思っていました。デザインにこだわり、仕様にこだわり、ライフスタイルとの整合性にこだわり、それに乗る自分がどんな気分になるか充分検討した上で、予算を睨んでうんうん唸って、う~~~んもうこれしかない!と決める。そんなプロセスが必要だと思っていました。
なので、FaceBook上で「見かけは不問。とにかく安くて走る軽バンがあれば教えてください」と情報提供を乞うた直後、「出物の中古があります」と連絡をいただき(しかも同時に2人から同じ車を推薦されたのです)、一目見てその車に即決してしまったというスピード感に我ながら感動した次第。

いやあ。
軽バン。最高です。

このサイズ感ですよ!しっくりくるのは。

やっぱりこのサイズ感ですよ!しっくりくるのは。

何がいいって?
第一、 燃費がいい。前にいつガソリンを入れたか忘れてしまう頻度での給油でOK。
第二、 小回りが利く。気分的には自転車と同等。縦列駐車もちゃっちゃとできて、農道での対向車とのすれ違いも鼻歌まじり。
第三、 荷室が圧倒的に広い。図体は小さいくせに。後部座席を倒すとスパイダーモア(畦草刈機)も載せられる!
第四、 馬力がないため40キロ走行でも80キロ走行レベルのエンジンがんばり音。疾走感ハンパない。
第五、 やたら風景に馴染む。むしろ自分の車が分からなくなる。先日道の駅に駐車したら、右隣1台左隣3台がすべてエブリィだった。
第六、 車窓の開閉ハンドルのぐるぐるが、こどもにとっては順番待ちのイベント。
第七、 道を走る軽バンに妙な親近感を抱くようになる。「あ、同じエブリィだね♪」「日産のは多少シャレてるね!」「坂道がんばってのぼってね♪」といちいちハイタッチしたい気分。

まったくもって非力な二輪駆動なので、我が家の前のうねうねとした坂道も勢いをつけて走らないと途中で止まってしまうんですが、その無力さ加減がむしろ楽しい。調子を見ながら、いくぞ?と声をかけ、力を合わせてぶーーーーん!とがんばるのです。どんなコンディションの道でもガツガツ走ってしまうエクスプローラーとは好対照。

これまでは目立つ車だったので自動的にいろんな人から声をかけられていましたが、これからはこちらから手を振って気付いてもらうことに。

これまでは目立つ車だったので自動的にいろんな人から声をかけられていましたが、これからはこちらから手を振って気付いてもらうことに。

ところでこの車。
「以前使っていらした初心者の奥様があちこちぶつけていますけどね、ちゃんと整備してあるから問題なく使えます」と、車屋さんに言われてたんですけどね。なんか含み笑いで。

ふーん、海の好きな人だったのかな、以前使ってた奥さんって。
きっとこの車のこと、楽しんで使ってたんだろうな。
このへんの暮らしも楽しんでいたのかもしれないな。
たしかにあちこちぶつけてるな。これで安くなったんだな。

と思っていたんです。

そしたらなんと、よく知る方の奥様だったという偶然!
納車のとき、「この方、知り合いでしょ?」と前オーナーを教えてもらったのです。

かわいいステッカーはフラ好きの前オーナーのもの。うちは何を貼ろうかな。

かわいいステッカーはフラ好きの前オーナーのもの。うちは何を貼ろうかな。

いやあ。
そんなことがまさか、あるなんてね。
小さな地域で暮らしているので、こんなところまで顔の見える関係になっちゃうんですね。まったく愉快なものです。
家にしても、車にしても、誰がどう使っていたかをよく知るものを「次はわたしね!」と受け取って使う。これほど巷でよく見る軽バンはない、と思うほど一般的なエブリィですが、こんなつながりからちょっぴり温かい思いが乗っかって、ちょっぴり特別なものへと変わります。

さて!
今日は五月晴れ。
海までひとっ走りするかな。

2016-05-21 17.28.13

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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