東京の家の近くの遊歩道に、ビワの木があるんですけどね。
そこを通るのが、軽く苦痛に感じる季節がやってきます。
とっても美味しそうなビワが、なるんですよ。
ビワは温暖な地域でしか実をつけないはずなんですが、ここのところ東京都心部は温暖化が進み、ビワがちゃんとできてしまうという事態。で、もうすぐ、ふんわり橙色の実がつくことになります。
けっこう上の方になっているので、歩いていても気がつかない人が多いのでしょうね。誰も収穫しないから、そのまま鳥が食べたり朽ちて終わり。ああなんて残念!だって食べたらきっと美味しい。
以前、小学生だった息子と公園でセミ獲りをしていた頃のこと。
息子が目ざとくそのビワを見つけて、「ママとって!」と。幸か不幸か手には、長い柄のついた虫とり網。「これでとって!」と。
やったーと思いましたね。ちょっとがんばれば網でとれちゃう。傷みもあまりなくて状態のいいビワでしたから、見ているだけで生唾が出てきます。
でも、わたしたち親子が三角の目でビワの木の上方を睨んでいる横を、他の通行人が通るわけです。「なにやってんだ?」という顔をして。
そこでふと、セミならともかく道端のビワを勝手にとってもいいのかしら?と気になって、高く掲げていた虫とり網をいったん下ろし、家で調べてみたんです。
すると、自治体の管理する土地に生えた木になっている実は「街路樹と一体」のものと考えられ、基本的には自治体の所有物とのこと。もしとったら「窃盗」、木の枝を折ろうものなら「器物損壊」という罪になると知りました。カキやリンゴ、キンカン、オリーブなど、いくらたわわに実っていても基本的にはとってはいけないんですって。
ただ、よく道端に落ちている銀杏の実をとっている人がいますよね。あれも罪なのかと言えば、「木から分離している実」については、事実上、自治体が所有権を放棄していると考えられるので、拾っていても泥棒さんにはならないと言えるんだとか。
うーーーん。細かく決まっているんだなあ!
ともかく、とっちゃいけないらしい。
親子で前科者になるわけには、いかないからなあ。
そんなわけで、そのビワの横を通りながら、ちょっとずつしおしおになっていく実を見るという切ない日々が続くことになりました。
もったいないなあという気持ちもありますが、なんだか痒い所に手が届かないような、生理的にうずうずした気持ちになるものですから、だいぶ居心地が悪いです。
実がなっていたら、収穫する。
そのクセがついたのは南房総での暮らしを始めてからです。
先日、南房総の家で朝食の片付けをしていたら、次女のマメが「ちょっとそこまで行ってくる」とつぶやいて、どこかに行ってしまいました。
日向ぼっこをしているネコたちと遊ぶためなのか、花を摘みに行ったのかとさして気にもとめずにいると、しばらくして息を切らして帰ってきて「ママ、目、つぶって」と。
わたしを驚かせたいことがあるときの常套手段なので、はいはい、と目をつぶると、次は「口あけて」と命じてきます。
これが、なかなかおっかないんですよね。
大抵、自分が美味しいと思った何かを口につっこんでくれるのですが、手で握りしめてぬるくなったグミだったり、べとべとになったアメだったり、あるいは自分では食べられるか判断できないヘビイチゴみたいなものだったりと、内心「うへっ」となるものが多いのです。
まあでも邪けんにしてはかわいそうなので、ばかっと口を開けて観念していると、「はい」と小さなものが放り込まれました。
口当たりは毛深くてあまりよくないですが、噛むと、じわっと甘酸っぱい。
あーーー、クワの実だね。
すっかり忘れていましたが、うちの敷地にある2本のクワの木が、美味しい実をつける時期になっていました。
「あのね、去年もこれくらいの時だったなあと思い出して、先週こっちに来たときにクワ見に行ったら、まだ食べられる実がなくて。忘れないように自由帳にクワってメモしといたんだ。さっき見に行ったら、もうおいしくなってた!すごくたくさんあるから、ママ一緒にとりにいこうよ」
跳ねるような足取りのマメについていくと、
ほんとうだ。
まさに今から1ヶ月くらいが、収穫時期といったところ。
黒っぽいものに手を伸ばしてパクッとやると、とても甘くて完成度の高い味です。こんなものが、野生に生えているなんてなあ。
「集めて、あとでデザートに使うから今食べないでね。はい」とビニール袋を手渡されるも、魅力的に黒光りしている実を手にしているのに今食べるなとは酷な話。娘の目を盗んで、パク、パク、とつまみ食いです。
たまに噛むと酸っぱ苦くて、うわなんだ?!と見るとアリまで食べちゃってたりして。ぺっぺっ!
こうしてたっぷり集めたクワの実は、帰り道にもマメにナイショでつまみ食いを続け、それでもまだまだあったので、ヨーグルトにのっけて食べました。
とっても贅沢な、おやつの時間です。
満足して野良仕事に出ようとすると、「あとね、ビッグニュース!」と、まだマメのにやにやが続いています。
「これもママがすっごく好きなやつだよ、目とじて口あけて」。
またこの儀式かとめんどくさくなりますが、きらんと光った嬉しそうなマメの瞳に免じてぐあっと口をあけると、こんどはちょっと大きなものが放り込まれました。
しぶっ……いや、あま~い!
真っ赤なグミの実です。
去年、近所の小出さんから「1粒だけで食べると渋いけど、2粒いっぺんに食べると甘いぞ」と教えてもらいました。やってみたら本当にそうだったからびっくり!以来、わたしの大好物になったものです。
酸味が強くてさわやかで、種のまわりが甘いんです。食べているうちに味が変わるのが面白い。
まだ今は、真っ赤なものはちょっぴりしかなくて、もう数日たてば美味しく熟しそうなものがちらほら見えます。
こういう時にふと、心の底から「ずっとここに住みたい」と思っちゃうんですよね。野菜にしろ季節の実にしろ、留守中に盛りを迎えて終わっていくものがたくさんある。考えているとたまらない気持ちになりますが、こればかりはどうにもならない、二地域居住の切なさです。
おやつをそのへんで摘んで調達する贅沢を、マメはどれくらい自覚しているんでしょう。
「おなかすいたなー、何か食べたいなーと思ったら、どこかに何か食べたいものがあるんだよここは。だからもしママに怒られてひとりぼっちで置いていかれても、生きていけると思う」と。厳しい想定だなあ。笑。
でも何となく気持ちは分かります。
「多分、どうにかなる」というそこはかとない安心感が、ここにはあります。
人間がそんなですから、ネコなんかもっとそうで。
長女のポチンが「きゃーーーーー!!!」と金切声を上げるので行ってみると、勢いよく家に入ってきたピョンが何かを口からぽとっと落とし、こっちをちらっと見て、またそのブツを見ています。
野ネズミだあ。
完全に天国へ召されていて、ぴくりとも動きません。かわいそうにな。
それを大事そうに足元に置き、たまに前足で転がしてじゃれつき、また確保します。
ネズミやらモグラやらウサギやら、いろーんなものをとってくるのはいいのですが、それをいちいち人間のところに持ってきては報告するのです。「ほめて」という顔で。さすがに閉口します。
仕方がないから「よくやったね。でも家の中はまずいから持ってって」と頭をひとなでして、くわえた状態で部屋から出てってもらいました。
ネコたちは、東京では家ネコですから、ネズミに会うことなどほとんどなく、ぼやーっと陽だまりで寝ているだけ。狩猟本能は凍結。南房総での本能丸出しの姿を知ってしまうと、「ここは何もなくて悪いねえ」と、ちょっと申し訳ない気がしてきてしまいます。
人間も東京では、「なんかとって食べてやろう」と思いながらきょろきょろ歩いたりしません。よく見ると、本当は街なかのそこかしこにも様々な実があることに気付くのですが、ルールに従ってむやみにとるのは控えます。
潜在する採集本能は、木の実ではなくて、何かを買ったり集めたりというところで発揮したりしてね。
今年の梅雨もまた、美味しそうなビワの木の横を、「見るだけ、見るだけ」と念じながら通ることになりそうです。