みなさんは、車を持っていますか?
という質問が成り立つのは、きっと都市生活者に向けた場合でしょうね。
わたしの友人でも、車を持っていない人はたくさんいます。「だって電車とバスと、たまにレンタカーを使えば問題ないでしょ」というかんじです。最近では免許を取らない若者も増えていて、たまに免許を持っていたり、自宅に車があったりする人には移動時に友達が群がるとか。笑。
で、我が家ですが、車はあります。
というか、二地域居住をしていますから、車には頼りっぱなしです。南房総と東京を行き来するのにはもちろん、南房総での暮らしでは実質車がないと立ち行きません。以前は、どの家も大抵一家に2台、という田舎の車事情を見て「わあ贅沢」と驚いていましたが、この話のとおり、去年とうとう2台目の軽バンを買っちゃいましたからね。軽はやっぱり最高で、自転車のように気軽に使っています。
そんな、完全に車を組み込んだ暮らしをしているわたしの足元をすくうようなことがありました。
「今週末、車は東京で使わせて」
と、夫。
「は??だって、土曜も日曜も南房総で予定入ってるよ」
そう。この週末は大忙しでこどもたち同伴もままならないため、単身で南房総入りをすることになっていました。
「ごめん、今回ばかりはどうにか自立して行ってくれ!」
「は??は??は??」
聞けば、まあ仕方のない理由でね。
基本的にうちの車は南房総に行く人優先で使えることになっているんですが、今回は譲ってやらなきゃならないなあ、と納得はしました。
しかし弱ったな。どうやって「自立」すんべ……
いきなり自分がとてーも不自由な身になったことを実感しました。この手足をもがれた感覚は何なのか?車に依存して暮らしてきた、罰なのか?
ひとりで移動するのに、レンタカー借りるのもバカバカしいしなあ。
もちろん、東京(新宿)⇔南房総は公共交通機関があります。JR内房線も、高速バスなのはな号も出ていますから。問題はそこから先、家までどうするか。
歩いたら2時間くらいかかるよなあ。道の駅の電動自転車を借りたとしても夕方までに返すんだよなあ。高いけどタクシーを呼ぶしかないかなあ……(もちろん駅に待っていたりはしないので)。
南房総の家にしーんと停まってるあの軽バン!アイツが自動運転で迎えに来てくれないかなあ~!
と、その時、息子がさらっと言いました。
「館山駅から出てる市営バス、うちの近くとおるよ。
それで俺サーフィン行ってたでしょ」
……市営バス。
なるほどねー。
めんどくさいな。笑。
ってか、よくそんなめんどくさい思いをしてまでひとりでサーフィンしに行くねえ!
「そりゃ、運転できないんだから。送ってもくれないんだから。市営バスしかないでしょ」
息子のサーフィンのためにいちいち早朝に車を出すほど親切ではないわたし。本当にやりたいことは自分でどうにかしてやればいいのです。
「ママ、行けないんじゃなくて、めんどくさいだけでしょ?手間さえかければ行けるんだから手間かけりゃいいじゃん。どうしても行きたいのなら」
なんなのこの、軽い仕返しめいた発言は。
わかったよ、行きますよ。高速バスと市営バスで!
で、さっそく高速バスと市営バスの乗り継ぎを調べると、いやあ、いろいろ厳しい。
高速バス→市営バス、とスムーズに乗り換えられるイメージでいましたが、ちょうどいい時間にちょうどいい乗り継ぎが存在していません。そして、うちの前を通る市営バスは1日4本。
4本……
少ないな。
1本乗り遅れると2~3時間ロス。
車移動が前提の田舎では、公共交通機関は脆弱です。車が使えない身になって初めて、この蜘蛛の糸のような公共交通機関に頼るほかないという心細さを実感しました。だいたい、たまに見る市営バスはガラガラだもんな。
……ガラガラの市営バス、か。
ちょっと心が動いたわたし。
いつもは自分で運転しているけど、ガラガラの市営バスにゆられて我が家に行くのって、悪くないかもしれないな。妙にそそられる旅情だな。
毎週行っているから麻痺していますけど、東京から南房総への移動ってじつは立派な「旅」ですよね。旅ならば、ちゃっちゃと行くのではなく、プロセスに時間をかけていい。いつもはドアツードアで1時間半は「移動」だけれど、4時間かければ「旅」になる。そう考えればいい。笑。
というわけで、見送る家族もその気になり「長旅楽しんでねー」「気を付けてねー」と珍しい声がけをされ、東京の家を出発しました。ただ南房総の家に行くだけなのに。
高速バスでの現地入りは、よくあることです。むしろ仕事の時は高速バスの方が多いです。バスの中で猛然と資料をつくることもあります。移動中に仕事ができるのは、公共交通機関ならではの利点です。
東京駅の高速バス乗り場は3年前にリニューアルされました。以前の乗り場はなかなかマイナーな雰囲気で、仄かな暗さと湿っぽさをたたえていましたが(それがバス停というもんだ、と思っていました)、今では搭乗口レベルの高揚感さえある明るい場所になっています。
何だか高速バスの太鼓持ちみたいですけど、じつは単にわたし、高速バスが好きなのです。
座席予約の時は、空いていれば必ず「1A」をとります。最前列の左端です。なぜって、視界がいちばん開けている席だから!笑。
小学校の6年間はバスを乗り継いで通学していたのですが、この最前列左端の席が空いていると嬉しくなって、ちょっと特別な気持ちで座っていたものです。前輪のタイヤの上の席なのですこし高くなっていて、運転手さんの様子とフロント窓からの景色が両方見えて。
ロマンスカーの最前列の展望席は滅多にとれないことで有名ですが、高速バスの1Aは、なぜかだいたい空いています。オススメです。
GWと海開きの間の季節、南房総へのレジャー客はちょっと減るようです。
この日も高速道路は空いていて、読みかけの本を開いていたらあっという間にアクアラインを渡り、いつの間にか寝落ちし、気がつけばもう見慣れた南房総の南端風景が広がっていました。
時計を見ると、時刻通りに到着しそう。ふう、よかった。
というのも、高速バスから市営バスへの乗り換え時間にそれほどゆとりがないのです。もっと気ままにこう、漂うように旅したいんだけど、実は旅ではなく家から家への移動で、ついた家でもまたやることがいっぱいあるので、ほあ~っとしていられません。
ほどなく、館山駅で下車。
うーん、いつになくじーんとするのは、なぜだ。
すこし心細いかんじで出張先の見知らぬ地に降りたときみたい。
バスを降りて踏みしめた館山の地は、車でちゃっちゃと来る館山とは何か違います。はるばる来たなあ、海がきれいだなあ、なんて。南房総に家を持ってすぐの頃、館山のこの異国情緒に心の温度が3度ほどあがったのを思い出します。ザ・ニッポンの田舎という風情の三芳とは異なるメジャー感があり、できればアロハシャツを着た人がいっぱい歩いていて欲しいと思うんですが。陽気なかんじで。
館山駅から、市営バスの停留所のあるイオンモール館山まで、海沿いをてくてくてくてく歩いている最中に出会った歩行者は1.5kmで3人くらいかな。さみしーなー。
まあまだ海に入るには寒い季節ですからね。でも、できれば海沿いは、歩いて楽しい場所だといいなと改めて思います。車の停められるファミレスが並んでいるだけでなくて、海に入らない人もあたりの散歩が楽しめて、地元の人の顔が見える、親密なシーサイド。
日本は常夏の国ではないから、それはきっとポップアップの海の家ということになるんでしょうけどね。初夏でもワクワクしたいなと、贅沢な妄想を膨らませます。
ああ、早くホンモノの夏が来ないかな。
などとうだうだ思いながら歩くのは存外気持ちよく、海風に背中を押され、歩いても汗だくにならずにあっという間にイオンモールに到着しました。ここは言わば館山の中の都市!生活用品がなんでも揃う場所だけあって膨大な敷地なので、市営バスの小さなバス停がどこにあるのかよく分かりません。
ひとまず店舗の連なる一群あたりをうろうろしてみると、あ!
見つけた。
おじいさん、おばあさんがまとまって座っているこの一画が、バス停です。
今までイオンに何度も来ていたのに気付かなかったけれど、ここは車の運転をしない高齢の方たちの集う場所になっていたようです。慣れたかんじでベンチに座り、たまに隣の人と喋り、のんびりとバスを待つ。わたしみたいにワタワタと時刻表を確認する人は他にいません。ちょっと予定時刻を過ぎ、あれれと焦っている人もわたしだけ。
だって、ちゃんと来るんですから。
市民の足ですから。
15人程度で満員になる、小さなバス。
バスの乗客は、わたしを入れて6人。
コトコトと出発します。
もちろん座ったのは、1Aの場所です。
バスの通る道は、ぜーんぶ見慣れた風景です。でもやっぱり新鮮です。
自分で運転していると、意外と細やかなところまではよく見ていないのかもしれません。角に新しいおうちがあったんだなとか、アート工房があったんだとか、このへんにあるトンカツ屋さんに前行ったなとか。車窓に張りついて通学していた小学生時代に戻ったようです。自分の家まで連れていってもらうまでの、気楽なひととき。
お客はひとり減り、ふたり減り、うちのだいぶ手前でみんな降りてしまいました。
もしわたしがいなかったら、この路線の後半戦はきっと、運転手さんひとりでしょう。
別にわたしが乗ってたことが嬉しいということはないと思うけどね。笑。
物好きな観光客が車もないのに南房総に来てうろうろするんだろうな。なんて思われていたことでしょう。今思えば、本当に観光客のフリをして「オススメのスポットを教えてもらえますか?」と聞いてみればよかった!
今度は、聞こう。
「次で降りまーす」
申告制なので停車前に声をかけ、運賃を確認すると、590円。
うーん、わりと高い。
でもこの運賃が市営バスを支えているんだから、廃線になりませんようにと応援の気持ちも込めて、ちゃりんちゃりんと納めました。
うちの集落にもっとも近いバス停までたどり着き、ほぉ、と安堵のため息をひとつ。
自分の家に到達するだけで、こんなに感慨深いとは。4時間かかったもんな。
でもめんどくさいどころか、じつは車移動よりも好きかもしれません。
ああ、見慣れたこの風景もなんだか愛しいわ。
と、しみじみ歩いていると、近所の酪農家の奥さんと出くわしました。
「なーに驚いた、みおりさんじゃない。どうしたの歩いたりして!
……え、市営バスで?そりゃあ苦労様な。ひとこと声かけてくれたら駅まで迎えに行ったのに!かわいそうに!」
そうか。
このへんで車もなく、リュック背負って歩いて移動しているなんて、困っている人にしか見えないんだよなあ、眉毛ハの字になってたもんなあ、すごくかわいそうがられちゃったんだなあ!笑。
とはいえ、バスの旅で着いた先が、そんなあったかい言葉をもらえる場所だっていうのも、嬉しいもんです。