暮らし術 22007608_1651540641583791_431453900307789296_n

わたしが小さい頃のこと。

オトナはなんで笑顔がうまいんだろう、と思うこともよくありました。
直前までこどもに対してすごく怒っていた母が、配達のおじさんや集金のおじさんがピンポーンとやってくると表情を急変させて「お世話さまです」とニコッと笑うんですよね。それが不思議でならなかった。しかもそのあとまたすぐ、怖い顔に戻ることができる。笑。

楽しくないのに笑おうとすると、顔がヒクヒクしちゃって笑えないじゃない。そんな、うまく笑えるなんておかしいや。インチキだ。
そう思ってました。

それからだいぶ経ち、自分がその頃の親の年齢くらいになりました。

今では、ざらついた感情を傍らに持っていても、にっこり笑うことがあります。相手を慮って、がんばって笑うこともあります。表情は自分のためだけに使っていたこどもの頃とちょっと違う。
といってもまあ、わたしなぞはけっこう自分丸出しで生きている方だと思います。お客様相手の商売でもないですから。でも、たまにふと、「こどもの頃の自分からみたら、インチキだ!って見えるかな」なんて思ってクスッとしてしまうことがあります。

というのも、うちのこどもたちって「こんにちは(ニコッ)」の(ニコッ)ができないんですよね。知り合いに「大きくなったねえ」と目を細められても、はぁ、どうも……と中途半端な顔で頭を下げるだけ。何ともハラハラします。「んもう、愛想がないんだから!」と後で思わず言うと、「挨拶はちゃんとしたもん。親しくもない人に笑えないもん」なんて言う。
ちょっとニコッとするだけで相手だって嬉しくなるのに、などと思うんですが、よーく考えてみたら自分もできなかったっけな。笑。都合によって笑えないのがこどもらしい、っていうことにするか。

そうはいかないオトナの社会生活は、相手を気遣う程度と自分を偽らない程度を常にバランスしながらやっていくところがありますよね。それがうまくいったり、うまくいかなかったり。
なもんで、体や心が“ありのまま”からちょっとずつずれていく時もある。まあ概ね大丈夫だからいいや、誤差の範囲だもんな、と日々を暮らしているわけですが、たまにそのズレを元に戻してやるのって、わりと大事だなと思います。
ほら、日々の姿勢によって体が歪んできて、ちょっと痛みが来たときに、整体で骨の位置をコリコリコリッと戻してもらうかんじ。決定的なことにならないうちに手を打つかんじ。

言ってみれば週末の南房総暮らしが、わたしに整体みたいな効果をもたらしています。
癒される、とも、ストレス発散、とも違って、やっぱり「戻される」かんじなんだよな。
しかもね、本当にささいなことで、戻されていくんです。

たとえば、いつもの道普請。

秋の草刈りです。

秋の草刈りです。

いつものメンツでいつものように、いつもの場所を刈り払います。変わり映えもなく。
で、いつものように休憩時間に与太話。地域の役割の取りまとめ役についてなど。
「次はそろそろおめえだな」
「いやあ、、(若い人、困ったようにぽりぽり)」
「俺ぁもう引退、あと10年もしたら足腰立たねぇよ」
「そんなこといわねーで、おめぇさんの目の黒いうちに、このへんの面倒なことは全部片付けてってくんねーと!」
「あんだよう!あはは」

地域をまとめる人が順繰りに育っているからこそ、田舎の集落は維持されているんですよね。その話の末席にわたしもちょこんと居させてもらうと、集落の中ではいつもいつも世代交代を意識していることに気付きます。「次はおめえだ」という話はしょっちゅう出てくるし、「あと10年たったら足腰立たねえ」という話もしょっちゅう。

「そういやずーっと前からおかしいと思ってたんだけどよう、お盆にお墓参りするのは、あれはなんでだ?お盆には先祖がみんな家に戻ってくんだからよ、お墓はからっぽだべ?」
「たしかになあ。迎え火炊いたら魂が集まってきて、送り火炊くまで家にいることになってるなあ」
「ありゃ何日に炊くもんだっけか、いっつも忘れちまうんだよな」
「ちょっと前なんかよう、もう早めに引き取ってくれていいから、って1日前の夕方に炊いちまったりしてな!あはは」
「居座られてもな!」

家の中ではこどもが大きくなり、地域では若いもんが育ち、大御所たちも時を経るとご先祖様になり、お盆に魂が帰ってきても早めにお引き取りを願われ、笑ってる自分たちもやがてそうなるんだろうなーと思う。そのぐるぐるした生き死にの見通しを感じながら、今は、目の前の草を刈るわけです。

仕事の世界は一般的に、“前より大きい仕事をする”とか“事業が拡大する”とか“影響力が増す”とか、でっかくなることを目指すようになっていますから、なんやかんやで「拡大疲れ」をしているんでしょうね。こんなわたしでも、知らないうちに。
昨日と今日は同じ大きさでよくって、その中で世代交代をしながら集落の暮らしを繋いでいく日常に触れると、すううぅぅぅっと肩の力が抜けていきます。

考えてみれば、ここではみんな、とりたてて愛想よくニコニコしたりもしていない。あはは、と笑い飛ばす以外は淡々と。

集合写真を撮るときに「ほれ、みんな睨まねーで、ちったぁ笑って!」と言われ、ちょっとがんばって笑うみなさん。

これが精いっぱい。

これが精いっぱい。

 

それから、たとえばもうひとつ挙げると。
言葉の通じない世界のヤツとの付き合いも、個人的には「戻される」効果大です。

「ねー、ちょっと!ママ!静かにこっち来てみて。いいから早く!」

なによあなたの声こそ大きいわよ、と洗い物を途中でやめて廊下の方にいくと、虫獲り網と虫かごを持った娘が目をクワッと広げて指差していました。

「トンボ!トンボ!」

なんだトンボか……どこにでもいるじゃない。
と思って指差す方を見ると、おお?こりゃけっこうな大きさだね。

オニヤンマだわ。家に入ってしまい混乱してあちこちぶつかったようで、羽に埃がついています。

オニヤンマだわ。家に入ってしまい混乱してあちこちぶつかったようで、羽に埃がついています。

「その窓から逃がしてやる?」
「やだ、つかまえて観察したい」
「じゃあ、そっちで網構えて。窓際に寄せて蓋をするようにつかまえるよ」

にわかに虫捕り作戦で、自転車にしがみついて休むオニヤンマをなんとか網におさめ、小さな虫かごに入れて観察します。
しげしげ見ると本当に立派です。

立派。

頭の先からしっぽまでは10㎝くらい、羽を広げた長さは15㎝はある。

「さすが昆虫類最強だね、迫力あるわー」
「オニヤンマって何でも食べちゃうんでしょ?ニイニが言ってた」
「そうそう、スズメバチさえ後ろから抱え込んで食べちゃうらしいよ」

と言ったところで、娘と顔を見合わせて「あっ!」となりました。

「ひょっとして?」
「だから来たのか?」

……実は、我が家にものすごっく立派なスズメバチの巣ができてしまったのを、発見したばかりだったのです。

驚いたなあ!いつの間にこんなに大きくなってたんだ。

驚いたなあ!いつの間にこんなに大きくなってたんだ。

最近ニュースでも話題になっているスズメバチ、今年は多く見られるようです。幸い2階の軒下なので上の方をぶんぶんしていますが、たまに低空飛行の個体が目の間をぶぅぅぅんと飛んでいたりします。突然刺してくることは今のところないけれど、秋口のスズメバチは気が立っているらしいからちょっと怖い。
ハチは巣を狙う熊が嫌いだそうで(そりゃそうだ)、幼虫を守るために黒っぽいものを見ると攻撃してくるらしく、服は白っぽいものにしないとね、と確認。一応ハチジェットを持っているけれど、到底自分じゃ太刀打ちできる大きさではありませんから、駆除業者を呼ばなきゃいけないなあ。

「で、スズメバチをお腹いっぱい食べに、オニヤンマが来たのかな」
「いやいやいやいや!オニヤンマとスズメバチは、ハブとマングースみたいなもんで、いい勝負らしいよ。逆に食われることもあったり」
「じゃ、家の中に逃げ込んだのかな。あはは、それで人間につかまっちゃって、かわいそうなオニヤンマ」

充分に観察したところで放してやりました。スズメバチにやられるなよ!と言いながら。「おまえたちもな!」というような羽音をのこして、すぐ飛んでっちゃった。
ばいばい。

瞬時に飛んでいきました。でもそっちは敵がたくさんいるよ!笑

空の上に高々と。でもそっち方面はヤバい敵の巣があるよ!笑

田舎暮らしにおける虫話題はたいてい、要注意系の文脈ばっかりですよね。
どんな怖い目に遭うかとか、どう退治するかとか。1匹も虫が出ない田舎があったらもっと田舎暮らししたい人が増えるんじゃないかなーと思うくらい、虫は忌避されています。

確かにスズメバチはおっかないですし、オニヤンマだって迫力満点で決して親密な存在ではありません。でも、人間ばぁぁぁぁっかり相手にしている毎日の中で、それがたとえ虫1匹あっても“人間じゃないもの”と向き合うとき、この世界の広さや深さをのぞき込むような心の動きがあるんですよね。それは、星を見るときと似ているかも。自分の中ですっかり肥大してしまっていた自分という存在を、すっと元の大きさに戻してくれるような、ね。

ああ、今週末も、本当にふつうだったなあ。
本当にふつうで、いい秋の日だった。
「栗もいっぱいとれたしね。ママ東京でゆがいてね」という、栗好きの娘の嬉しそうな顔に、こっちまで嬉しくなっちゃう。

いっぱいあるね。でもだいぶ小さいね。笑。

いっぱいあるね。でもだいぶ小さいね。笑。

「戻される」から、というのは、わたしのごく個人的な、南房総に通う理由です。
わいわい人と集まることも好きだし、バカな話をしてお腹の底から大笑いするのも好きだけど、笑顔でなくても心から心地よかったり、生きものとしていい気持ちでいられる場所がここにある。

……デッキのむこうの空が濃く赤く染まるのを見ながら、ちょっとガタついていたいろいろがあるべき場所に戻った自分を感じます。帰る時間だ。

もう何度見たか分からないね。デッキのむこうの空が濃く赤く染まるのを見ながら、ちょっとガタついていたいろいろがあるべき場所に戻った自分を感じます。帰る時間だ。

また来ますんで。

はいお大事に。
って、夕日に言われちゃった気がしました。

 

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
※本記事の情報は、公開当時のものです。以降に内容が変更される場合があります。
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