「リゾートSTYLE」の読者のみなさんには、別荘暮らしを考えていらっしゃる方が多いんじゃないかと思います。
そして、さまざまな土地や暮らし方の記事を読みながら、自分だったらどこに、もうひとつの住まいをつくろうか、と模索している方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
いかがですか?
自分にぴったりの場所、見つかりそうですか?
場所を見つけるって難しいですよね。何を根拠にすればいいのかイマイチわからない。
わたしは、それまでの人生では縁もゆかりもなかった南房総という土地にたまたま巡り合って、縁を深めています。たまたま、といっても土地探しに3年程度かけていますから、「自宅から毎週通える田舎」という目線でさまざまな場所を見てまわり、納得して決めた土地だとも言えます。
ところが、やっぱり住んでみないと分からないことが山ほどあるものなんですよね。
当時わたしたちが重視していた条件は、たとえばこんなものでした。今見ると、もう笑っちゃいます!
・渋滞時間帯を避ければ1時間半くらいで行ける。
・年間降雨量が2000ミリ以下。
・風景がいい。
・南からの光が入る。
・敷地内に広めの平坦地がある。
・ちゃんと接道した敷地である。
・電気水道ガスが確保されている。
しかし改めて見ると、なんと視野の狭い、アンバランスな条件ばかり並んでいるんでしょう……
いや、なぜかというと、土地探しをする中で、これらを満たしていない土地(接道していない、インフラに不備あり、斜面地ばかり、北向きなど)を不動産屋さんから数多オススメされてきたからなんですけどね。ほんとにもう、人生いろいろ、物件いろいろ!
さて、そして二地域居住11年目の今の時点で、南房総という土地を選んだことを振り返って「ああここでよかったな」と思うポイントは、土地探し時や契約時あたりとはぜんぜん違うポイントだったりします。当初は敷地内でのあれやこれやが気になっていましたが、今では家の中に住むというより“地域全体に暮らしがある”と感じているからかもしれません。
そんな今のわたしが、南房総に居を構えてよかったなと思う最大のポイントのひとつは、ここが「半島の先っぽ」だということです。
このことに価値を感じるようになったのは、実は暮らし始めてだいーぶ経ってからなんですよね。
里山での暮らしを望んで始めた二地域居住だったのですが、野良仕事が終わると暮れなずむ海を見に行き、暑い夏なんかは日中ほとんど海で遊んでいるという日常がつづく中で、はたと気付いたのは「里山なのに海が近いって、なかなかに素敵なことだぞ?」ということ。
しかも半島の先っぽは幅が狭まっているから、穏やかな東京湾側の海にも、いい波の来る太平洋側の海にも、どっちにも近い。
ちょっと前に『里山資本主義』の著者・藻谷浩介さんとのトークセッションがあったときのこと。日本全国の自治体を旅してまわった経験のある彼に、「南房総市の旧三芳村に2拠点目の住まいがあるんですけどね」という話をしたところ、「ああ~、行った行った、半島の先っぽなのに山めいた場所でしょ?」とからかわれたんですよね。一瞬ぴんとこなかったのですが、半島といえばむしろ“海暮らし”が一般的なイメージだよってことか、と後で理解した次第。
そう、たとえば、「南房総」というワードで画像検索するとよく分かります。
上の方に並ぶのは、海の写真ばっかりだから。
海押しの場所で、里山暮らしを謳歌していたんですね。わたしたちってば。
つまり、小さな半島の先っぽには、さまざまな自然の恩恵がぎゅぎゅっと詰まっていて、そんな場所を「たまたま」選んだわたしたちは何ともラッキーだなあということです。きっと。
と、いうわけで、今回は、半島の先っぽの中でわたしがひときわ惚れ込んでいる海辺ポイントを3つ、お伝えしようと思います。泳いで楽しむ海とは一味違う、歩いて楽しむ海。暮らしの中で、ふと思い立ったらすぐに立ち寄れる海辺です。
1つの週末で、行こうと思えばこのすべての場所に行くことができるくらいコンパクトな南房総南端生活を、ちょっと感じてもらえたら嬉しいです。
好きな海辺1:岡本桟橋
これは、南房総市の原岡海岸にある、木製の桟橋です。
鏡のようにぴたりと凪いでいる遠浅の海の上に、静かに浮いている筏みたい。
最近この素朴な美しさが注目され、“インスタ映えする人気スポット”ということになっているようですけど、だからといってここが混みあっているところはまだ見たことがありません。釣りをする人、散歩をする人、写真を撮る人などがまばらにいて、それぞれがのどかに楽しむ風情がまた、いいです。
インスタ映えする風景って、「ここからこういう風にとる場合だけ素敵!」ということ、よくありますよね。ちょっとでも画角をずらすと興ざめなものが飛び込んでくるとかね。笑。
でもここは、本当になーんにも、ない。あたり一帯に柔らくて静かな地元の空気に満ちています。いわゆる観光地化された海岸ではないので、橋のたもとに「危ないですからなんとか」といった看板がじゃんじゃん立つこともなく放っておかれています。
橋以外は何もないのですが、やっぱりここが好きなんだよなあ。
思い立つと、つい立ち寄ってしまう。(アクセスできる道はとても細いので、行く方は気を付けてね)
海の水面がひたひたと揺れる中を歩けばもう、海の上を直接歩いているような気分です。見渡す限り海だけで、まっすぐ、どこまでも、果てまで歩いていきたくなる。
出店のひとつでもあるといいな、と思う時もありますが、人のための海ではなく、圧倒的に自然のままの海であるところに、ほっとします。
そっとしておいてもらえる半島の先っぽならではの魅力です。
※この岡本桟橋ですが、10月の台風の時に一部破損してしまっています。現在補修に向けての動きがあるようです。
好きな海岸2:大房岬
もし時間があったら、ここで1日楽しめるというくらい充実しているのが、大房岬。
一帯が「大房岬自然公園」となっていて、磯遊びからキャンプ、バードウォッチングもできるようです。一度でも行ったことのある人なら、「大房岬でしょ、あそこすっごく気持ちいいよね!」と話が盛り上がるのですが、なぜかいつも空いているんです。
……そのパターン、南房総では多いな。笑。一般的な観光地になっていないところに宝があるということかな。
わたしが好きなのは、駐車場からてくてくてくてくひと山くだって南に向かって歩くルート。豊かな森林の中をくぐって、長いこと山道を歩きます。鳥のさえずりが聞こえ、緑の風がそよぎ、山道なのに疲れを感じません。後で調べてみたら、2016年にここで『森林セラピー基地認定実験』が行われ、市内の森林部全域が森林セラピー基地に認定されたそうです。わたしは“セラピー”という言葉に対して、魅力よりも先に胡散臭さを感じてしまうというひねくれ者なのですが、ここにいると確かに、日頃無数の細かい傷がついてささくれもしている心が治癒されていくような気がしないでもない。
だいぶ山道を下っていくと、突然目の前に、目の覚めるような美しい芝生がうわあっと広がる風景に出会います。
本当に気持ちがいい風景です。
こどもたちは反射的に縦横無尽に無意味に飛びまわりますが、オトナだってうずうずします。ここでごろごろと転がりたい!と。転がるだけで心が8割がた満たされてしまいそう。
その先には、海が待っています。
波の激しい侵食によって切り立った崖になる、海食崖。斜めに傾いた地層が良く見えますよね。いわゆる海水浴場とは異なり、海の威力をじわじわと感じるような、近づきがたさもたたえた風景です。
海のすぐ近くにポーンと車をとめ、海だけを楽しんで、ぱっと帰る。そんな海遊びとは違い、歩きながら地形を体感していくこの公園は、公園だけどまだ有名ではないので、ちょっとした秘密の場所として抱きしめています。(難しいよね、みんなに知らせたいような、知らせたらもったいないような!)
そういえば、南房総で自然保育を行っている森のようちえんも、ここを拠点にしているとのこと。なんて贅沢な保育だろう、と思います。
※この公園も10月の台風の被害に遭い、船着き場が崩落してしまったそうです。復旧の見通しは立っていないとのこと。心が痛みます。
好きな海辺3:平砂浦の右端
サーフィンのメッカ、平砂浦海岸。ここを知らないサーファーはいないでしょう(多分)。
忙しくてほとんどサーフィンする時間がとれないにもかかわらず、息子は毎日“ヤスヒマダの平砂浦波情報”というサイトをチェックしています。館山の中では波がいい場所ということになっていますが、サイト主によると「ねーなー」「ぺったぺた」という時もけっこうあるようで。笑。
洲埼海岸から布良にかけて5キロも続くまっすぐな海岸線には、いつも多くのサーファーの姿が見られます。というのも、ここは日本サーフィン連盟公認の大会も開かれる由緒正しき海岸なのです。
が、わたしが好きなのは、書いたように海岸の「右端」です。
海に向かって右の端、ね。
ここに、魅力的な砂浜があります。
何がいいって、砂がいい。
ちょっと前のことになりますが、近くにあるアロハガーデン館山で遊んだ帰り道に、この海岸に沿ってある房総フラワーラインを走行中、「なんかここ、きれいな砂じゃない?」と気付き、車を降りて歩いてみてびっくり。小麦粉のようにきめの細かい砂の山なのです。
こどもたちはすぐに靴を脱ぎ、はしゃいで走り回りました。
「ママも脱いでごらん!さらさらすぎて足に砂つかないから!」と強く誘われて、裸足で歩いたら本当に気持ちがいい。
この斜面をすべり台のようにして、何度も滑りました。
もうね、砂だらけ!
でもたしかに、サラサラなので、ぱっとはたけばほとんど落ちてしまう。フツウだったら恐ろしくてできない着衣&砂まみれをやりきりました。
ここが大好きな娘たちは、いつか夜までずっといて、星を眺めて徹夜がしたいと言っています。
これだけ豊かな砂があるのは、わたしたちにとってはとても魅力的なことに感じますが、地元の方々にはこれまでさまざまな苦労があったそうです。大地震のたびに海底の隆起によって海際に広大な砂浜ができ、それが大西(西からの季節風のこと)に乗って内陸に運ばれて、耕作地を飲み込んでいったとのこと。
この砂浜のすぐ近くまで立派な黒松の砂防林があるのですが、それは長年砂の被害で苦しんできた地元の方々の努力によるものだそうです。
確かに、車のタイヤがとられるほど、道に砂が積もっていることがありますから、そのご苦労は想像に難くありません。
里山には里山の、海際には海際の、暮らしの苦労があり、喜びがあるんだな。
※平砂浦も10月の台風の被害に遭い、ビーチがゴミや流木などに覆われてしまいました。地元の方々や有志のサーファが清掃して、ようやく砂浜が見えてきたとのこと。本当にお疲れ様でした。
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いかがでしょうか。
これらの海は、「南房総里山暮らし」の風景の一部でもあるということ。
そして、中でも触れましたが、たまに荒れ狂う天の仕業で美しい風景が一夜にして壊滅的な様相となる時もあり、苦労も多く、これらも暮らしの一部だということ。
だからこそ、美しく穏やかな時間をもらっているときには、何とも言えない感謝の気持ちが沸き起こってきます。
半島の先っぽの、こうした生々しくも豊かな暮らしの価値は、時間をかけてエリア全体に暮らしていくうちに、ようやく気が付いていくものかもしれません。