暮らし術

大変ご無沙汰しています!
みなさん、お元気ですか?

お元気であればと、心から願いつつ。

わたしはおかげさまで元気にしています。
自粛期間中も南房総と東京で暮らす二地域居住は続行していました。お店には行かず、ご近所の方とも会わない2拠点ステイホーム。とはいえ、南房総の家の敷地は8700坪ありますから、行くところもやることも尽きません。無駄に広いと常よりぶつぶつ文句を言ってきましたが、ここにきて「広いって素敵!」と叫ぶという非常事態。

実際、里山の緑の中にダイブするだけで、心がダァァァ―と溶けるようでした。
こんな感覚、東日本大震災の時以来です。あの時も、南房総に助けられました。

いつもはめんどくさくて憂鬱な草刈りすら楽しく、立ちのぼる草の匂いをマスクなしで肺まで吸い込んだり。

いつもはめんどくさくて憂鬱な草刈りすら楽しく、立ちのぼる草の匂いをマスクなしで肺まで吸い込んだり。

最近のニュースで、ここのところ地方への移住相談が激増していると知りました。
平時にはなかなか必要性を感じない「田舎暮らし」ですが、コロナ禍により都市で暮らすリスクや閉塞感を強く感じ、人間が生きものとして幸せに豊かに暮らせる環境を探し求める動きが増えたのでしょう。

そんな方々へ、今回はひとりの移住者をご紹介しますね。
南房総市に家族4人で移住して3年。
『もっちゃん』こと、元沢信昭さんです。

彼の職業ですか?
ええっと……一体彼は職業欄にどれを記載しているのだろう?笑。

いくつかの仕事で身を立て、それがやたら楽しそうで、趣味なのか仕事なのかよく分からなくて、ちゃんとご家族を養っていて、日々の幸福感が不安感よりはるかに勝っていそうで。田舎にはそういう方が少なくないんですが、もっちゃんはわたしの知る中でもっとも幸せそうな人間の一人です。

緊急事態宣言明け、梅雨入り直前のある日、もっちゃんを訪ねました。

彼は、わたしのニホンミツバチの師匠です。南房総の我が家に巣箱を置くところから指導してもらっていました。彼が毎日毎日毎日毎日SNSにニホンミツバチの様子を投稿するのを追っていたら羨ましさが募り、溢れ、「よしやったるか!」と今年決心した次第。

もっちゃん宅に伺った日は、たまたま家の前で、ニホンミツバチの孫分蜂の最中でした。(分蜂とは、新しい女王バチが生まれる直前に、その母親の女王バチが働き蜂の約半数を連れて巣を飛び出して新たな場所に巣を作ること。孫分蜂は時期の遅い娘女王の分蜂のことです。)

まるでくす玉のようにニホンミツバチの群れが垂れ下がった巣箱。選ばれし巣箱。羨ましい!うちの巣箱には今年、営巣されませんでした。

まるでくす玉のようにニホンミツバチの群れが垂れ下がった巣箱。選ばれし巣箱。羨ましい!うちの巣箱には今年、営巣されませんでした。

 

ニホンミツバチはその名のとおり在来種です。セイヨウミツバチより管理するのが難しく、蜜の量も少ない。ただ、商業的に短期に採蜜出来るセイヨウミツバチと違って、生息地付近の植物をまるごと蜜源とするニホンミツバチの蜜はまさに「暮らす地域の味」。これを採取できたらどれほど素敵だろう!と妄想し、虜になるわけ。

ハチ遣いのもっちゃん。ニホンミツバチは穏やかなので、手乗りにもなれるそう。これは本当に貴重なシーンで、働きバチが女王バチを囲う「ロイヤルコート」という状態です。

ハチ遣いのもっちゃん。ニホンミツバチは穏やかなので、手乗りにもなれるそう。これは本当に貴重なシーンで、働きバチが女王バチを囲う「ロイヤルコート」という状態です。

毎日ニホンミツバチの世話と観察と研究に情熱を傾けている彼ではありますが、実はこれはまだナリワイになっていません。これからナリワイになるかもしれないという打算より、ニホンミツバチが好きで好きでたまらない♡という気持ち先行が実態でしょうね。小4の昆虫オタクがそのまま大人になったかんじです。大人の権限をふりかざしてこれを毎日好きなだけやっているわけですから、そりゃ幸せですよね。

ただ、彼の興味の対象は、ニホンミツバチだけというわけではありません。
家の庭には、鶏小屋があります。前の家主の建造物を解体した古材などを使って、もっちゃんがつくったそうな。

鶏たちの住み心地がしっかりと考えられた鶏小屋。DIYの腕はセミプロ級です。

鶏たちの住み心地がしっかりと考えられた鶏小屋。

卵を産んでくれる鶏がコココココとのどかに暮らしていて、卵の恩恵にあずかっているそう。その日の生みたてをひょいと手にとり「今は、オス1羽にメス5羽。1羽のオスに対してメスは30羽くらいイケます」と教えてくれました。ずいぶんなハーレムだなあ、と感心すると、「ちょっとオス過多だったから、昨日2羽絞めて食べたところ」と、こともなげに言われました。

鶏卵を取り出します。個数が思ったより多い!

鶏卵を取り出します。個数が思ったより多い!

 

そう、わたしの越えられない部分を、彼はしっかりと乗り越え、生活に組み込んでいます。それは「命をいただく」ということへの自覚と行為です。

もっちゃんは、冬場は猟師としても活躍しています。近隣の獣害対策に一役買いつつ、仕留めたイノシシを適切に処理し、日々の食卓へあげる。動物をこよなく愛しながら必要な肉は自分で調達する暮らしです。

わたしは自分の手で動物の命をいただくことができません。釣った魚へのトドメも無理。せいぜい蚊パチンまで。頭ではきれいごとだとわかっていても、殺生がどうしようもなく怖いのです。
だから、考えと行動をつなげられる人を尊敬します。

ジューシーなイノシシ肉。こどもたちの舌は完全に肥えてしまったそうです。

ジューシーなイノシシ肉。こどもたちの舌は完全に肥えてしまったそうです。

 

地元の人たちは移住者のもっちゃんが山に入っても『何かできるのか?』と最初は訝し気(いぶかしげ)だったようです。でも、毎日毎日山に行くのを見ているうちに、『あっちに出てたぞ』と教えてくれるようになり、次第に感謝されるようになったそう。地域の獣害が目に見えて減っていったのです。

「猟で仕留めて数が減るだけでなく、猟圧、と言ってイノシシの警戒心が高まって里に出てこなくなったんですよね。猟期の冬場、僕が猟に入る日が続くと、獣たちの気配が山の上の方に押し上げられていくのが分かります。彼らの動線が明らかに変わることで、仕留めなくても獣と人とが棲み分けられるんですよ」

彼は狩猟を極めていきます。ある時から、自分の気配を消し、集中して五感の感度を上げることで、それまで見えなかった獣の足跡や気配が分かるようになったとのこと。
「大事なのは、自分が環境と同化すること。猟、というとアグレッシブに聞こえますが、どちらかというとマインドフルネスに近い感じです。それが、とても気持ちがいい」

次に彼は、捕ったイノシシを美味しく食べるところまで追求していきます。地元のおじさんたちに「みなさんの山で育ったイノシシです」と料理をふるまうと、これまで適切な処理をしたイノシシ肉を食べる機会がほとんどなかったおじさんたちはびっくりしたそうな。イノシシ、こんなに美味しかったんか!と。
そのうち集落の長老から「草刈りの後の集会で、お前の捕ったイノシシを鍋にして提供してもらえないか」という申し出まであったと言います。

「動物には恐怖も怒りもある。恐怖があれば暴れるし、興奮して血がまわるし、筋肉硬直もしますよね。筋肉ががちがちに固まった状態では、血抜きもしにくい気がする。どのように捕獲して、止め刺しして、解体して、熟成させて、火を通すか。その道理を考えて手順を踏めば、肉は美味しくできます」

わたしもたまにいただきますが、いいイノシシ肉は臭みなどまるでなく、やわらかくて滋味深い。この肉を得ることが獣害問題の解決につながるなら食べない理由はないなあ!と毎度思います。
そして、これさあ商売にしないの?できるんじゃない?と、すぐに思ってしまう。

「いやあ、僕は今のところ自分の生活の一部として狩猟をしているんです。基本的に動物を殺すことにはためらいがあります。そして、収入源と見なすと安定的に捕獲することを考えなければならなくなる。今のところは、職業猟師ではなく、自給的な狩猟で満足かな。
イノシシ肉はね、みなぎるパワーが半端ないんです。豚肉に比べても栄養豊富でヘルシーだし。いい時期に、いい処理をされた、健康体の肉を食べることができる環境に身を置く価値は、それだけで代えがたいよね」。

ゆっくり話を聞いたのは、庭にしつらえたデッキ。以前の地主さんがつくったものにDIYで手を加えたとのこと。頭上にはブドウがなり、風が抜け、本当に気持ちよかった。

ゆっくり話を聞いたのは、庭にしつらえたデッキ。以前の地主さんがつくったものにDIYで手を加えたとのこと。頭上にはブドウがなり、風が抜け、本当に気持ちよかった。

遅ればせながら紹介すると、もっちゃんは移住前、コーヒー関連製品の責任者として商社に勤めていました。
世界のコーヒーマーケットを巡り、そしてその都市の人々の生活に触れ、また商談などではあらゆる最高峰のコーヒーを口にしてきて舌が肥えすぎちゃったとか。今までのコーヒーは何だったのかと思うほどすごい余韻のコーヒーもあったそうです。もっちゃんのことだもの、きっと前のめりにコーヒーと関わり、知識も経験も積んできたのだと思います。

そんな中、家族や仕事などの色々な出来事が重なり、以前からサーフィンで訪れていた南房総へ3年前に移住。

その時点から、彼が意識的にしてきたことがあったそうです。

「やっていることをお金に換算するのをやめるトレーニングをしました。商社マンの習い性で、すぐに事業収支や損益分岐点を考えてしまうクセがあったのです。そんなことではなく、本当に楽しいか、楽しくないか、ということを徹底して感じ考えることに脳味噌を使うようにしてみました。『生きるための稼ぎ』を得ることだけで埋め尽くされているうちに、『稼ぐために生きる』というマインドセットができしまっていたんだよね」

では、どうやって生きていくか。
サラリーマン生活と決別し、自分の感性に忠実に「生き生き生きる」道を嗅ぎ取ってきたもっちゃん。その延長で選んだのは、なんと再びコーヒーと関わる生き方でした。市内に『ボタリズムコーヒー』という焙煎所を構え、元沢信昭セレクトのコーヒー豆を焙煎し、提供しています。
コーヒーが好きで好きでたまらない。そして以前の世界中のコーヒー仲間や情報網は今でも生き生きとつながっている。そんな自分の素直な状態を、南房総で生かしていく道です。

ボタリズムコーヒー。仲間たちと倉庫を買い、シェアして使っていました。奥には建材加工場が見えますね。2階はシェアオフィスです。

ボタリズムコーヒーの焙煎所は、できたてのほやほやです。仲間たちと倉庫を買い、シェアして使っていました。奥には建材加工場が見えますね。2階はシェアオフィスです。

 

実はわたし、この夏は家で水出しコーヒーを毎日つくっています。奥様に出していただいた水出しコーヒーが衝撃的に美味しくて「なんだこれ!」と思わず口走ったら、簡単につくれることを教えてもらって。コーヒー豆を挽き、水に入れて8時間置くだけ。これで毎朝味のいいアイスコーヒーが待っててくれるんだな。水出しだと苦みがほとんど出ないで、コーヒーの味わいと香りがとても強く出るのだということを始めて知りました。

低血圧のわたしが、毎朝起きる楽しみを感じるのは嬉しい。
ライフスタイルって、ユニークな人との出会いで変わるもんですね。

おはようコーヒー。覗いているのは我が家の新入り猫のマックロ。

おはようコーヒー。覗いているのは我が家の新入り猫のマックロ。

 

「コーヒーは好き。でも、僕がユニークであるために必要なのは、蜂、狩猟、DIY、そしてコーヒー。このすべてです。
南房総は、これらが網羅できる場所だと思っています。ビジネスモデルも都心とはまったく違う。こんな辺鄙なところなのに、本当に美味しいものを提供していたら行列もできるからね。それに、最悪仕事がなくなっても東京に出られるからなんとかなる!(笑)。
田舎ってさ、馬場さんも分かると思うけど、生涯現役感が半端ないですよね。人生を楽しむために一番大事なことは、健康でいること。新鮮で美味しいものを食べ、海に入り、ストレスをもたない。そうやって心身ともにフラットでいられる状態の僕の方が、以前の僕よりいい」

家族と、仲間と、好きなこと。いい暮らしだな。

家族と、仲間と、好きなこと。いい暮らしだな。

もっちゃんは去年、房総半島に大きな台風が3つ続けて襲来してからずっと、地域の壊れた家屋を直すボランティアを続けていました。自分が生きることと同じくらい、地域の人たちが健やかに生きることを大事にしていると、見ていて痛いほど分かりました。建前や倫理観だけではなく本物の情熱で、それはどこから出てくるんだろうと思っていました。
今回、それがすこし分かった気がします。

生きることを心底楽しんで、大事にすると、すべてがつながるんだな。
食べること、つくること、人から動物までともにそこで生きる存在を認め、まっすぐ付き合うこと、生かされていることに感謝すること。

もっちゃんちのネロ。溺愛されている自然児です。おまえもいいもの食べているんだろうなあ。

もっちゃんちのネロ。溺愛されている自然児です。おまえもいいもの食べているんだろうなあ。

 

今、人間社会は新しい局面を迎え、たくさん大変なことがありますが、きっと基本は同じはず。いろいろな余分が見えてしまう色眼鏡をはずし、広い場所でマスクもはずし、夏の空気を胸いっぱい吸い込んで、今日を楽しんでいければな、と思います。

みなさん、次回まで、きっと元気でいてくださいね。

 

 

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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