暮らし術

気がつけばもう2月。
だいぶ日がのびてきて、先週末にはフキノトウも見つけました。
みなさま、2023年もいいかんじで進行していますか?

こちら、二拠点生活を始めて17回目の冬です。

わたしは寒いのは超苦手ですが、元気です。(って毎年言ってますね。)
「手がつめたすぎて痛いんだよねー」と外でぶちぶち文句を言うと、夫に「たいしたことないよ」と返されてムッとするのもいつものこと。ヒトの感覚は千差万別、こっちは寒くって痛いのだ!

ただ、南房総の冬はそんなに嫌いじゃないです。
地域のいいかんじを、ゆっくりと味わえる季節だからです。
観光客がそれほどいなくて、草刈りもしなくてよくて、日中のひとときだけがポカポカとあったかい。朝晩は氷点下にもなりますが、おかげで真っ白に霜の降りた美しい風景にも出会えます。

この霜が、日の当たる順に溶けていく様も好きです。

ところで、実はわたし、昨年末から気の重い日々を過ごしてきていました。
最近ようやく解放されたんですけどね。

というのも、ウッカリ出ることにしちゃったんですよね。1月29日開催の館山若潮マラソン。それも42.195キロのフルマラソン。友達に「フル出ようよ!新しい風景が見えるかもしれないよ」と誘われてのっかっちゃった次第。バカですよね。最長で10キロしか走ったことなかったのに。

参加ボタンをポチったあと、この身の丈に合わないチャレンジは真綿で首をしめるようにジワジワと自分を追い詰めていきました。

練習しなきゃ、しなきゃ、と思いながら怠け続けた日々。
焦るだけで何もしなかった秋から冬を経て、いよいよまずいぞと年末年始にようやく20キロオーバーの練習。そこで「アイヤー!!これは大変なことになった!!」と無謀さを実感しました。

練習に付き合ってくださったのは、房総半島南端で「富崎館」という食堂とキャンプ場を営む八代健正さん。なんと彼はワラーチで走るんです!

二拠点とはいえ、館山は(わたしのなかでは)地元です。出場したら知り合いにも会うでしょう。なんなら大会関係者にも友人がいます。「えへへ~完走なんて無理~」とヘラヘラ走るのも申し訳ない。

なので、初フルなりに頑張ろうと腹を括りました。
1月半ばに。
遅すぎましたけどね。

南房総の近所を走っていると「がんばれ!」「昔はオレも地域の運動会で大会新記録出した」などとよく声をかけられました。

結論から言うと。

辛くも完走!

というか完歩。

30キロ以降は腰から下がバラバラになりそうで、走る:歩く=2:8くらい。最後はほとんど歩き。制限時間内にどうにかゴールに駆け込んだ(歩き込んだ)という状態でした。
タイムは5時間46分!あはは。言いたくないタイムだ。

……どうだったかって?
達成感が吹き飛ぶほどキツかったです。本当に。

フルマラソン経験者の方々から「しんどくなったら歩いていい、たまに走ればいい」「足がしんどくなったら目線をあげるといい」「最後本当にしんどいので腕をよく振ることを意識する」などアドバイスをいただいていて、それを全部やりました。

そして、“しんどい”ってこういうことか!!!と分かりました。

ゴール直前40キロ地点あたりで友人が撮ってくれました。走っているつもりなんです。この、足の上がってなさ。

で、若潮マラソンからちょうど10日ほど経ったのが今日なのですが。
あろうことか「楽しかったな」と、思い出す自分がいる。うそでしょ?
マラソンの神様の思うツボじゃないか。

身体の痛みの記憶がだいぶ引いたからか、楽しかったことが浮き上がってきたようです。
面白いよね、ヒトって都合よくできている。

そりゃたしかに、辛いだけじゃあんなに大勢走らない。
今年の若潮マラソンの参加者は5500人(10キロ、2キロコースも含む)ほどだったそうです。コロナ前はエントリーが10000人だったというから激減していますが、それでも充分多いよ。みんな酔狂だね。

初フルマラソン参加者として楽しかったことまで忘れないよう、書き留めておきますね。

よくもみなさんこんな大変なものに出場するよ。


【まわりがぶつぶつ言っていた記憶】

沿道で見ていると分からないかもしれませんが、走りながらみんなけっこうぶつぶつ話をしています。
これが味わい深い。

すごくいいなと思ったのは“スタートから〇km”という看板を見つけるたびに「よくがんばった」と独り言を言いながら一瞬看板を拝む女子。そうか走り切ろうと思ったらこのポジティブ思考がいいわ!と気付き、すぐ真似しました。「チッまだ12キロか」といちいち毒づいていた自分とは決別。

また、友達3人で走っていた若い子たちは「完走できたらマジ奇跡」「マジありえない」「マジ足死んだ」と言い合っていて、こっちはなごみました。
ひとりはふくらはぎが攣りかかったらしく、「おめぇ次のエイドでバナナ食ったほうがいい」「なんで?」「カリウムとらな」「そんなん効く?」「食べねぇよりいいだろ」「いやエイド着く前にムリ」とぼそぼそ。彼ら完走したかな?

ばらばらに走っていても、孤独ではない。

途中までわたしと同じくらいの速さだったおじいさんは、地元のランナー達から「去年よりタイムが速いですよー」と声をかけられていました。「そうですか、ははー」と答えながらじわじわ速度を速め、わたしは抜かされ、背中も見えなくなりました。
今回、高齢者の方々に何人抜かれたか!!マラソンは歳ではないです。断言できます。

いちばん堪えたのは、最終盤ヘロヘロだった女子と、伴走していたコーチのやりとり。「あと3キロだよ!」「とおい」「もう39キロも走ってきたんだよ、もうすぐもうすぐ!」「多分足の皮がむけてます。痛すぎ」「そうかみんなむけるよね、ほらラストスパートだよ!!」と、泣きそうな彼女を元気に励ますコーチ。
さらに「今度表参道のマラソンにエントリーしよう!」と次の大会まで示唆されていました。気力だけで走っていると思われる彼女が「次はやだ、もーやだ」と拒絶。
コーチ勘弁してください、あのタイミングで次のエントリーの話されるのは誰だって嫌です!笑。

中盤以降にタイムが安定してくると、同じようなメンバーが近辺にいる状態で走るので、言葉は交わさなくても連帯感を感じるんですよね。地元だろうが、ヨソからきたランナーだろうが、みんな今しんどい仲間というね。


【応援してもらった記憶】

応援してくれている人たちは、応援されるのってこんなにも嬉しいと知ってるかな?
4年前に10キロに出た時もちょっと思いましたが、今回は本当に沿道の応援がなかったら走り切れなかったと思います。それくらいの威力でした。

応援側からはランナーは集団にしか見えないかもしれませんが、ランナーからは応援する人ひとりひとりが明確に見えます。で、知り合いを見つけると「来てくれてたんだ!」とものすごく嬉しくなる。

いや、たとえ誰一人知っている人がいなくても応援は嬉しい。
こっちは走っているから汗かいてるけど、寒空で立ち尽くしているのはきっとすごく寒いはず。それなのにずっと声援を送ってくれる地元の人達がたくさん、たくさんいました。

この風景は忘れられないです。

いえぇぇぇい!とハイタッチしてくれる人。
自主的にエイドステーションを立ち上げてチョコを配ってくれる人。
自宅のベランダから手を振ってくれる人。
絶望的に疲れている時に「自分の足でゴールしてねー!」と励ましてくれる人。

普段、地域の人達がこんなに一斉に感情を表現してくれることってないですからね。館山の人たちの人柄が吹き出しているような瞬間でもあり、わたしは走りながら感動しつづけていたんだと思います。

【自分の足で地形を感じた記憶】

館山若潮マラソンのコースは、館山市の北条海岸を出発して海岸沿いを南下し、平砂浦というサーフスポットを過ぎたあたりで内陸に入り、一番辛い30キロ過ぎたあたりから山をのぼっていく(これが鬼畜!)という道のりです。

これまで車で何度走ったか分からない、なじみ深い道。
風景自体は頭の中で細かく再生できるほどです。

でも、自分の足で移動したのは初めてでした。
地方は基本車でしか移動しませんから。

ダンプカーで削れた路面では足をとられ、ちょっとした起伏にもはぁはぁし、ひとつひとつの建物や生垣をなでるように走る。鬱々と日陰をつくる山を呪い、広く抜ける空に感謝しながら走る。
本当に、新鮮でした。
何だか土地と一体になれたような時間でした。

房総フラワーラインでは、菜の花の黄色に励まされました。

走って移動し続けるのは本当にしんどいけれど、心の半分くらいにはずっと、感謝の気持ちが立ち上がっていました。
安心して走れる土地柄に感謝し、海や山の穏やかさに感謝し、応援してくれる人々に感謝し、こんな過酷なことをさせられても耐えてくれている身体に感謝する。
「走る」なんていう贅沢な行為が許されているすべてに、感謝する。

……そんなわけでわたしの足の裏には、館山の地形が刻まれることになりました。
この感覚が来年の出場をけしかけるのかな。

ゴールした時は「もう走んないでいいんだ!」という安堵しかなかったけどね。

これから、大地に緑の芽吹くいい季節が訪れます。
もしよかったら房総半島をてくてく歩いてみてください。
酔狂な方はランでもどうぞ。5-6時間あれば海も山も体験できるのは実証済み。

足の速度で味わうこの地域もまた、いいもんです。

お正月明けの練習中、見物海岸で富士山がくっきり見えました。いつも車でぱっと来て泳ぐこの海岸が、別物に感じた瞬間でした。

南房総のどこかで、恐ろしくゆっくり海辺を走ったり歩いたりしているおばさんを見かけたら、わたしかもしれません。本人は闇練のつもりなのでそっと見守ってくださいね。

 

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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