暮らし術 読書する子

毎日、体温と同程度の気温という猛暑。ふう。
みなさんお元気ですか?
東京で仕事をしていると、冷房にあたり続けてぐったりし、外に出れば呼吸ができないほどの暑さ……逃げ場がありませんね。生きているだけで疲労します。

昨日の夜遅く、南房総から帰ってきました。(つまり今日は月曜日です。)
あちらもそれなりに暑かったですが、東京に比べたら凌ぎやすさが違います。扇風機と、家の中を抜ける風があればなんとか大丈夫です。ヒグラシが鳴き始める16時くらいを過ぎるとスッと暑さが遠のき、適当に毛穴がゆるんだ状態で風にあたれば「いやぁ、夏はいいなあ」と思わず声が漏れるほど。
ネコらもひっくり返ってお腹を出し、だらしなくころがります。
ごろごろごろ。

でもわたしは、あいにくネコではありません。
そしてこの家は、前回お話したように優雅な「別荘」ではありません。
ころがってばかりはいられない。やることはいっっっくらでも、あるのであります。

田舎暮らしというものは、暮らしそのものに手がかかります。
草刈り、竹刈り、集落での共同作業、畑の世話、収穫物の保存食化、害獣との闘い、虫との付き合いなどなどなど。都市生活ではまったくやらないでいい類のことばかり。

最初は驚いてばかりでした。いちいち。
放っておくと草が伸びて、伸びて、家が埋もれちゃうなんて!
放っておくと竹があたりじゅうから生えてきて、歩けなくなるなんて!
放っておくと茂みにイノシシが住み着いて、家を乗っ取られちゃうなんて!

……そう、一番大変なのは、自分たち人間の、住む場所を確保していく作業なんです。
太陽の光が容赦なくデラデラと照り返す都市の息苦しさから脱出して、緑豊かな大地で深呼吸するように暮らす。それは、人間都合でつくられた空間の‘メンテナンスフリー’の楽ちんさと引き換えに、手に入れる暮らしなワケです。

人間都合でできていない空間の、豊かさと大変さを、同時に手に入れるということ。

さあ。難しいですね。どっちをとるか。
そんなめんどくさそうな暮らしをするくらいなら都市でいいや、と考えるか。
多少めんどくさくても、この暮らしが手に入るならやってやるぜ、と考えるか。
東京では郵便受けに新聞を取りに行くのもめんどくさいと思ってしまうわたしですが、この判断はなぜか迷いませんでした。気持ちがいいわ楽だわ、というイイトコドリができるほどお金持ちじゃないなら、自分たちでやることはやるしかないっしょ。と。みんなやってるんだから、わたしにもやれることだよきっと、と。
(ま、その見積りは圧倒的に甘かったんですけどね!)

というわけで、ほどなく、‘刈払い機’という農機具がわたしの相棒となりました。毎週末、一緒にいます。
先っぽに円形の刃(チップソーといいます)がついていて、それが回転することで草が刈れるというポピュラーな農機具です。これを草の根本にあてて左から右、左から右、と動かすだけですから操作は簡単なのですが、それ自体がけっこう重たい上に、伸びた草を刈るとその重みもプラスされますから、わりとハードな仕事です。
田舎では、けっこうな歳のおじいちゃんおばあちゃんがこともなげに刈払い機を使っていますが、なんて体力あるんだろう、と感心します。都市生活者のうちの両親なら、5分でひっくり返ってしまうでしょう。

刈払い機。肩にベルトをかけて支えながら両手で操作します。わたしはまだ下手くそなんだな!刈った跡がきれいじゃない。地元の方々は実に整然と刈るので、その後草を集めるのが楽です。日々精進。

刈払い機。肩にベルトをかけて支えながら両手で操作します。わたしはまだ下手くそなんだな!刈った跡がきれいじゃない。地元の方々は実に整然と刈るので、その後草を集めるのが楽です。日々精進。

南房総での週末田舎暮らしを始めた当初は、草刈りってどういう仕事で、どれくらいの時間でどれくらい刈れるかなど、まったく想像がつきませんでした。マンションで育ったため庭仕事をしたことさえなく、小さな鉢植えをちょろっと植え替えるのが最大の野良仕事でしたから。嫌いなのではなく、圧倒的に機会がなかったのです。

そんなでしたから、この土地の売買交渉時に売主さんから「草刈りが大変だけれど、本当にやりきれるのか?」と再三確認された時も、「ハイッ体力には自信ありますから!昔ソフトボール部にいましたから!」と脳味噌も筋肉だとしか思えないような応答をしました。気迫の部分のみ、イイかんじに信頼されてしまったという次第。9年前の自分に言ってやりたいです。「その判断はアホの極み。100ぺん顔洗って出直してこい」と。
一方で、野良仕事をなまじ経験していたらこの物件の購入は迷うことなく却下だったということを考えると、無知がもたらしたものは大きいとも言えます。わはは。
やらなきゃいけないと、やれるようになっちゃう、ということなのかもしれません。

しかしな。
人生とは分からないものだな。
刈払い機が、人生において最重要な道具になるなんてな。
たぶん今のわたしにとっては掃除機より大事。炊飯器よりも大事。冷蔵庫とどっこいくらいだ。これがないと、里山生活は立ち行きませんから。

シュリシュリシュリシュリシュリシュリ。
シュリシュリシュリシュリシュリシュリ。
シュリシュリ、ウィーーーーーーーーー!!

つる性の植物を刈っていると、絡まって刃が動かなくなったり。
これがめっちゃイライラするんです。

シュリシュリシュリシュリシュリシュリ。
シュリシュリシュリガツッ!!!

たまに石とか木の根にあたると、撥ね返されたり。
火花が散っておっかない!
(という話を東京ですると、そんな危ないことやめた方がいいとか、傷ついたりしたら大変だから女性はなるべく機械は使わない方がいいとか、忠告をいただきます。でも田舎ではみんなやってるんだよね。考え方だよね。注意して、作業に邁進します。)

シュリシュリシュリシュリシュリシュリ。
シュリシュリシュリシュリシュリシュリ。
シュリシュリシュリシュリシュリシュリ。

刈りながら、その土地に生えている雑草の匂いを嗅ぎます。
この茂みはカラスノエンドウの匂い。ここはヨモギの匂い。ここはセリも生えてるな。ここはセイタカアワダチソウ。
匂いで植生を感じると、ぼやっと草むらを眺めているときとは違う、柔らかく親密な気持ちになります。物音に驚いてぴょこぴょこ跳ねる虫たちを目で追いかけていると、さらに近しい気持ちになる。土の上でヒイヒイ生きているって意味では、自分も虫らと同じだな、と。
闘ってるっちゃ闘ってるけど、一緒に生きてるっちゃそうだな、と。

大変だけど楽しい、というのは、そういうかんじのことでもあります。

……先週末も、そんなわけでたくさん働いてきました。
土曜日は、お盆前に公道をきれいにするための道普請がありました。
道普請とは、集落のみんなで一緒に道端の草刈りをする作業のことです。暑さが厳しくなる前の早い午前中、集まって一斉に刈り始めます。

集落の道普請、休憩中。汗したあとに配られるお茶は、何よりウマい。咲いている花だけを残して刈る方がいたり、ツルツルボウズになるほど綺麗に刈り込む方がいたり。道普請は面白い。

集落の道普請、休憩中。汗したあとに配られるお茶は、何よりウマい。咲いている花だけを残して刈る方がいたり、ツルツルボウズになるほど綺麗に刈り込む方がいたり。道普請は面白い。

東京では、公道まわりの草刈りなんてしませんわな。税金払ってるんだから行政がやるべきだ!と。でも、田舎では住人がみんなでやる。そもそも市の税収は少ないし、全部行政がやれるような量じゃない、という理屈で仕方なしに民間でやっているわけですが、実はわたし、この共同作業をわりと楽しみにしています。都合が合わないことがあると出不足金を払ってチャラにしてもらうのですが、もうほんとに、なるべく参加したいと思ってしまう。

シュリシュリシュリシュリシュリシュリ。
それぞれの持ち場を刈り続けて小一時間ほどすると、「そろそろ休みましょうー」と声がかかってお茶が配られます。ひとやすみの時間です。
地べたにべたっと座って休みながら、与太話をします。「あの集落でも川ぁ渡ってイノシシが出始めたっぺー」とか、「新規就農しただれそれが農地を探してるってよぉ」とか。ふむふむ聞いていると、次第にTPPの問題についてや、政治談議にも発展して興味深い。そんな話から、集落の方々の人となりが徐々に分かってきます。抱えている問題も、何となく共有できます。
一緒に作業して、一緒に汗を流して、ひとりじゃしんどいけどみんなでぼちぼちやろうやと笑顔とため息を交し合う。そんな時間が、妙に愛しいのです。

そして、ふと気が付くと。
今までさらっと見やっていた里山の風景が、昨日とはすこし違って見えてきます。
何十年、何百年とこの風景が変わらないのは、こうやってひとりひとりが汗を流して管理してきたからなんだなあと、しみじみありがたいような気がしてきたり。野良仕事に疲れて空を仰ぐ時、きっとどの時代の人たちも同じ匂いを嗅ぎ、同じ空を見上げたのだろうと、脈々と繋がる歴史の中に自分もいる感覚に妙な安心感を覚えるのです。
だから、ここでの生活には、さみしさがありません。

親が野良仕事をしている間、こどもたちはそれぞれ野遊びしています。「アーアアー!」と太いつるにぶらさがるターザンは末っ子のマメのお気に入り。

親が野良仕事をしている間、こどもたちはそれぞれ野遊びしています。「アーアアー!」と太いつるにぶらさがるターザンは末っ子のマメのお気に入り。

さーてさて。
そうはいっても、たまには寂しくなりたいよと思うほど、こどもたちがわらわら家にいる夏休み。わたしも40日くらい休みたいのにそうもいきません。あぁ。
結局かなり仕事が入ってしまって、残念な夏。夕方木陰で休んでいた時にボッコボコに刺された足が恐ろしく痒い、油断の夏。日焼け止めクリームを塗りたくっているのに「小学生みたいに黒いね」と言われた、42歳の夏。そんな今年の夏も、近所の小出さんからいただいたスイカをかじりつつ、めげずにがんばります。
ではまた、次回!

※本記事は、馬場未織氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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