インタビュー

千葉県外房地域、九十九里浜の最南端に位置する、いすみ市。今、若い世代を中心に、都心から田舎暮らしに憧れる移住者の受け入れが活発な市として、注目を集めていると言います。このいすみ市で移住者の促進活動を行う「NPO法人いすみライフスタイル研究所」の理事長・高原和江さん、理事・江崎 亮さんを訪ねました。

里山、里海、生物多様性を支える河川という、文句なしの豊かな自然に、高台の灯台、春は菜の花に囲まれるローカル鉄道と、心の中にある田舎の風景がそこにあるような場所。その移住者に評判の地は、人気を支えるだけのきめ細かいサポート力に富んでいました。移住者を長く支え続けた立役者的なお二人に、その活動ぶり、移住者と地域コミュニティのあり方をお話いただきました。前後編でお届けします。

大人気のいすみ鉄道のムーミン車輛。いすみ市を東西に走ります。

移住者にとっての最初の“ご近所さん”

──いすみ市は都心からの移住者が多く、移住者支援をされている「いすみライフスタイル研究所」の働きも大きいと聞いています。活動はいつからはじまったんですか?

高原和江さん:私は2009年から参加したんですが、そもそも、設立自体は2008年からなので、もう8年になりますか。2005年、夷隅(いすみ)町・大原町・岬町の3町が合併していすみ市になったとき、商工会青年部の方々から生まれた協議会が前身なんですね。地域を活性化させるためには、これからは「移住定住促進」「情報発信」が重要ということで、同時に千葉県がNPO活動を推進する流れもあり、「それなら行政だけでは出来ないことを民間で行おう」と、移住を促進するこのNPOが出来たんです。初期から手探りで移住体験ツアーを行ったり、移住相談窓口を開設したり、移住に向けての活動は早かったんですよ。

──地域のなかでは先駆け的だったんですか。

高原さん:千葉県のなかでも、早かったですね。ほかのエリアでは、今、ようやく移住相談窓口をはじめるところもあるぐらいですから。そういう意味では、私たちは移住者を募る次の段階として、移住したあとの方々の生活に密着したサポートを念頭に置いています。2014年度まで行政の委託事業として、私たちが移住相談窓口を行っていたんですね。その相談が、もうよろず相談という感じで(笑)。これから移住したい方の相談はもちろん、移住後の方が生活の中で困ったことを自然に請け負うようなったんです。たとえば「屋根裏に動物が住んだから、どうしたらいいの?」とか(笑)。

──ねずみか何かですか?

江崎 亮さん(左)、高原和江さん(右)

江崎 亮さん:アライグマでしたよね(笑)。

高原さん:そうそう(笑)。地元の人ならご近所に聞き合ったり、地域のどこに頼めばいいとか分かりますけど、移住された方はそういう生活のちょっとしたネットワークを持っていないですから。もちろん役所に聞けば分かりますが、どの部署に相談したらいいか分からないですよね。そうした行政とは違う役割が随分私たちにはあるんだろうな、と思っています。ほかにも、モノ探し、人探し、物々交換と、気軽に何から何まで相談にのってますね。移住者の方にとっての何でも屋さん(笑)。

江崎さん:引っ越しの手伝いで粗大ゴミを出してあげたりね。

──移住者にとっては一番最初のご近所さん、って感じでしょうか。

江崎さん:そうです。そもそもの僕たちの主な活動テーマは、いすみ市への「移住・定住促進」のための企画・運営で、Webサイトやニュースレターで「情報発信」しているんですが、移住者に気軽に相談してもらえる地域の存在になっておくことも大切に思っているんです。

地域と移住者をつなぐ「マーケット」

江崎さん:そうしているうちに、ここ数年は移住後サポートの一環として、住民と移住者の交流をはかる場づくりが必要だという話になったんですね。地元と移住者の交流を密にはかるコミュニティヴィレッジのような場をつくれないかと、今は力を入れています。

高原さん:移住者の方々は、食べ物や雑貨など、いすみでモノづくりをはじめる方が多くて、作ったものを販売したいという人もいます。でも、なかなかいきなりお店を構えるまでは難しい。それならばと、そうした方を募って、マーケットを開催しています。もう今年で5年目ですね。

江崎さん:最近では、この事務所から近くの長者町の商店街に、そうしたショップやイベントができる常設コミュニティスペース「長者マート」も設けたばかりです。

──移住者の方たちが地域で発信できる場になりますね。

高原さん:そうです。出店は、ほとんど移住者の方々で、逆に移住者のほうが参加しやすい流れもあります。でも、買いに来たり、遊びに来るのは地元の人も移住者も両方。だから、年齢問わず、双方が交じったコミュニティの場が生まれています。しかも移住者同士をつなぐことも出来る。皆さん、知り合ってつながっていって、気づいたら自然と各移住者の方々でいろんなイベントをやっていたり、独自でチラシを作ったりして。そういう意味ではマーケットは本当に重要な場になっていますね。

江崎さん:皆さん、自分たちのつくったものを売ることが目的ですが、それだけでなく、いろんな人と仲間になって出店するのを楽しんでいるんですよね。ガツガツ商売するというわけではない。ゆっくりと手作りして、来た人たちとゆっくり過ごすというライフスタイルがいいんでしょうね。

閉園になった幼稚園などを利用して企画・主催される「いすみライフマーケット」。バザーやイベントなどで子どもも楽しそうです。

閉園になった幼稚園などを利用して企画・主催される「いすみライフマーケット in ちまち」。バザーやワークショップ、イベントなどで子どもたちも楽しそうです。

高原さん:本当にここ数年、千葉ではそうしたマーケットが活発で、房総地区だけじゃなく、千葉、銚子、佐倉でも盛んです。埼玉でカフェをやっている方が、「房総はマーケットが多くていいですね」と、千葉に移住しようかな、と話していたり。その方は遠くからコーヒーの出店で参加してくださっています。まず、移住の前段階として、そうした、誰でもいつでも遊びに来れる場をつくっておきたいんですね。それがマーケットだったり、この事務所もたえず開けていますし。そのうちに段々と「ここに住んでみたいな」という流れになったらとても自然ですよね。こちらとしては「いつでもどうぞ」という感じです。このNPOも今はいすみ市だけに限定しないで、「房総」に活動の範囲を広げて、広域で田舎暮らしの情報発信に取り組もうと考えています。いきなり「いすみ」と言って分からなくても「房総」ならピンと来ますしね。

江崎さん:館山、鴨川など周辺の人たちと一緒にイベントを行ったりして、お互い情報発信しながら相乗効果でPRしているところです。

──移住定住ではじめたことに地域のコミュニティづくりが加わり、さらには房総全体の振興にもつながっているんですね。

江崎さん:実際、住んでみると分かると思うんですが、いすみだけで生活エリアを完結させるって無理なんですよ。車や電車で移動するにしても、暮らしているうちに段々行動範囲が広がっていく。普通に鴨川、館山、九十九里と行動範囲が広がり、車で1時間~1時間半ぐらいの距離も日常の範囲になってくる。そこを、僕たちはリアルに「生活圏」と呼び、コミュニティのベースとなる「地域」と呼んでいる。だから、自然と活動が広がっていった感じです。

高原さん:その他にも、企業、大学など、いろいろなところから体験ツアーの相談を受けるので、こちらでマッチングさせてプログラムを組むようなこともやってますね。

田舎生活のリアルを伝える

──かなり手広い活動ですよね。メンバーは何人ぐらいなんですか?

高原さん:みんな本業を持っている人たち、23人ほどで活動していて、大体、私と江崎さんのどちらかは事務所に常駐しています。大抵のことは、メンバーでまかなえるので、それが強みなんですよ。

江崎さん:メンバーに不動産屋関係の人がいて、いきなり物件の問い合わせがあったとき、彼に連絡をとって、手持ちにある物件で、急きょ物件見物ツアーのようなことを即席コーディネートしたこともありましたね(笑)。

高原さん:移住者のメンバーは地域のことを記事にして書くのが好きで、江崎さんは本業がWEB制作や編集。サイトも冊子もチラシもプロ的にまとめてくれて、プロのイラストレーターの移住者がイラストを描いてくれる。皆、活動を楽しみながら、それぞれの職種に落とし込めているんですよ。

フライヤーなどPR用の制作物。クオリティ高し!

──確かに、パンフレットやフライヤーだけでも活性化が伝わってきますね。情報発信のしかたで心がけていることはありますか?

江崎さん:とにかく、いすみの暮らしの「楽しさ」を伝えていくことが一番大事だろう、と。まず暮らしている人たちが辛そうだったら、説得力ないじゃないですか(笑)。自分たちがいすみで暮らして楽しいと思っていることをちゃんとピックアップするのが基本テーマ。そうでないと伝わらないし、楽しいところに人が来てくれますからね。

高原さん:楽しいと思うことが特別なときだけじゃなくて、日常も楽しくないと、生活として成り立ちにくいですよね。そのためにも、移住者が気軽に日常的なことを相談できるよう、私たちが機能することはとても大事なんです。というのも、移住相談で連絡してくる方々は、最初イメージがいっぱいふくらんでいるんです。まずは、そのギャップを埋めるところからはじまるんですね。

──イメージとは?

高原さん:「古民家で素敵に住みたい」「野菜も作りたい」というイメージの方がいっぱいいらっしゃいます。「でも、夏の畑は草がボウボウですごいし、虫もいっぱい出ますよ」と、現実もお教えする。車が運転できない方が「駅の近くがいい」と電話でお話されて、都心の部屋のサイズをイメージされていることも多いですよね。田舎の家は大体大きいので、都心のような“○LDK”のような物件はないんですよ。物価もそうとう安いんじゃないかと思っている方も多い。だから、実際来ていただいて、憧れのイメージとのギャップを埋めていくところから対応していきます。場合によっては「隣の館山市のほうがいいかも」と、お話しすることもありますしね。

江崎さん:逆に館山の方から「それなら、いすみのほうがいい」みたいに、紹介されることもありますよね。

高原さん:行政だと「市」の縛りがあるからなかなか言いづらいんですけど、私たちは言うことができるので。そういう部分でも行政と役割分担できるので、お互い活動しやすいんですね。

江崎さん:特に家を買う場合、みなさん慎重になりますよね。「行政の方はこんなことを言ってたけれど、不動産屋さんはこう言ってた。本当でしょうか?」みたいな相談はよくあります。第三者的に、実際暮らしている人たちの本当の感覚みたいなところを教えてください、と。

──そうしたリアルな情報はなかなか分かりづらいから、とても貴重ですね。

高原さん:ウチには地元の人、Uターン、移住者と、いろいろなメンバーがいますから、移住者のメンバーなら自分たちのパターンを話してあげたり、地元のメンバーは地元ならではのネットワークでの話をしたり。自分たちではどうしようもできなくても、相談にのってくれそうな人をつないで差し上げたり、出来るだけ「できません」というより、代案を考えるようにしているんです。

NPOいすみライフスタイル研究所の外観。

実際、ふらっと立ち寄る地域の人が絶えない事務所。この日も2時間の取材で遊びに訪れた人が5人も!

地域社会にうまくなじむには?移住者支援 NPO法人 いすみライフスタイル研究所 インタビュー 〜後編」はこちらから

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