1月後半って不思議ですよね。
朝の明るみは早く訪れ、日の入りもずいぶん遅くなった実感があるのに、寒さだけはどんどん増すようで。冬本番、春到来、その狭間でうずうずまごまごしているのは人間だけで、里山は寒さの中にちゃんと春を見出して、動き出しています。
さて、前回記事では、古民家の断熱改修「南房総DIYエコリノベワークショップ」の2017年バージョンアップ部分について触れました。
今回は、このワークショップでしみじみ感じた、古い家に手を入れながら住み続ける楽しさについてお話します。
我が家は、築120年の古い民家です。住み始めたのがちょうど10年前ですから、120年のうちの最新の10年間しか関われていません。その前の部分をずーっと担ってきた人がいてこその、わたしたちの暮らしです。
単なる農家のつくりなのでとくに贅沢なものなど何もありませんが、「昔っからあって、今もある」というシンプルな事実は住み手に妙な安心感をもたらします。また、こうした年月を重ねてきた家には、ここからさらにわたしたちの歴史を紡いでいきたいと思わせる度量があります。
今回この家は、これまで重ねてきた歴史を改めて振り返るチャンスを得て、さらに新しい歴史をノート1枚分くらい書き足したように思います。
☆屋根裏の世界
屋根裏断熱の作業を行ったとき、断熱材を入れる作業をするために「天井の上の世界」を見ました。内臓と同じでさ、自分の一部なのに基本的には見えないと、意外と知らないままでいちゃうんですよね。
見ると、太い梁は真っ黒に燻されていて、天井が張られていなかった頃の暮らしが突然リアルに見えるようで驚きました。
居室部分に出ている柱や梁は黒くないので(おそらく黒い表面部分を削り取っていたのでしょう)気付きませんでした。
ああ、昔の家はみんなこうなっているのだなと早合点しそうになりましたが、我が家から車で15分くらいの平野部に暮らすほんまる農園の本間さんが「我が家も古いですけど、煤けていないんですよ」と教えてくれました。「うちには“オダイドコ”といって別棟に炊事場があり、室内で煮炊きしていなかったからです」。ほんのご近所でも中山間部と平野部では寒さが違うからでしょう、家のなりたちも違っているなんて面白い話です。
また、屋根裏に張られていた、これまた真っ黒に燻された板を取り外したのですが、その板を囲んでみんながわやわやしているので何事かと思えば、「これ、昔の釘だよ」と講師の建築家・竹内昌義さんが教えてくれました。
軸の断面が四角い、 “和釘”です。
明治以降に輸入された工業製品の“洋釘”は一般的に断面が丸いですが、“和釘”は1本1本、鉄を金槌でたたいてつくられたもの。真っ赤に焼いて酸化被膜がつくられることから腐食に強く、また軸の表面積が大きいので木への食いつきがいいのが特徴だそうです。
「よく見ると、味わい深いだろ?」
ごつっとした釘を手渡された小学生の男の子は、じっと見つめていました。
明治後半の家づくりに一般的に使われていたであろう、こうしたものがふっと出てくると、当時の空気が蘇ってくるような錯覚に陥ります。どの材も、誰かの手仕事でつくられていた時代。釘1本でさえも。
モノを慈しむ心って、モノに物語を見出す心、なのではないかなと思います。家、建具、家具、道具……丁寧につくられ、長く使われてきたものは、軽んじることのできない魅力を放ち、人がそれを慈しむ心を引き出し、さらに永らえていく。
この、何ということはない古い民家も、住み手を変えながら愛され続けることで3桁の年を生きることになったというのは、なかなか素敵なことですよね。
☆カマドのある暮らしになる
前回ワークショップでも外にカマドをつくり、その作業が思いのほか楽しかったので、今回もカマドをつくることにしました。
指導は、前回参加者でガーデンデザイナーの西室美香さん。通称「アフロ先生」です。
実はわたし、カマドのある生活をこれまであまりイメージしたことがありませんでした。
というのも、週末は野良仕事が忙しくて、ゆっくり「カマド」を味わう時間がとれないんじゃないかと思っていたのです。いつもランチはちゃっちゃとつくる賄い飯みたいなもんで済ませていたし、おひさまの高い時間はできるだけ食事に費やしたくないな、なんて気持ちもありました。
でも今回、「もしカマドがあるなら、生活はどう変わるかな?」と考えてみました。
野良仕事の中でわりと大きなウェイトを占めているのが、刈った草や竹、伐採した木などを燃やすという作業。積んでそのままにしておくとその付近の草刈りがしにくくなったり、それらが饐えた匂いを放つとイノシシを引き寄せたりするので(饐えた匂いは富栄養な土の匂い、すなわちミミズがいる場所の匂いなのでイノシシがやってくる)、どんどん燃やして片付けるのが大事なのです。
で、燃やしているうちにいい熾火(おきび)ができると「美しいよなあ」と見惚れる一方で「これ使わないのはもったいないよなあ」とチラと考えることがあって。
それをヒントに、焚き火場に近くて火種を入れられるような場所にカマドを設けることにした次第。
具体な計画はアフロ先生がたて、みんなで施工します。
そうして、みんなの愛のこもったカマドというニューアイテムが、ここに誕生することになりました。「使ってみてどうだったか、あとで教えてくださいね!」というアフロ先生のことばがずっしり。
そう、火入れまでしたかったのだけれど、積雪など番狂わせが生じてギリギリの仕上がりだったのです。
先週末は、初火入れ。
けんちんうどんをここで食べました。
いい塩梅の熾火ができると嬉しくなって、火加減を調整しながら投入します。
いつもだったら焼き芋を焼くくらいしか能がなかったのに、こんな風に火を利用できるなんて嬉しい。
これが思いのほか楽しくて、今までめんどくさくてつくったこともなかったマーマレードも、ここでつくることに。
やばい。
こんなに長いこと週末田舎暮らしをしていたくせに、わたしは実は知らなかった。
野外で調理をする環境があるって、想定以上に楽しいんだってことを!
家の中には台所がありますから、かちゃっとコンロをひねれば適切な火が出ます。でも、「木を伐る」「燃やす」「調理する」「食べる」という分断されたできごとがひとところで繋がるとき、その一連の時間がとても気持ちよくて楽しくて意味深いものに感じられるんですね。
11年目にして、暮らし方が変わりそうです。
野良で働くことだけに夢中になっていた日々から、野良仕事が生かせる暮らしへ。
☆デッキの張り替えが生んだいろいろ
築120年の歴史の先っちょを譲り受け、そのままの状態で使わせてもらっていたばかりのわたしたちですが、ひとつ、この家に追加したものがあります。
それが、このデッキです。
前出の名大工、村上さんに「西側の景色を存分に楽しめるデッキをつくって欲しい」とお願いしたのは8年前。以来、この場所はリビングの延長として、とても大事に使ってきました。囲いをしないことで「危ないんじゃないの?」と当初は言われていましたが、今まで落ちたことがあるのは、カメラを構えつつ後ずさりしてそのまま落ちた夫ただ1人、1回。笑。
8年経ってもびくともしていませんでしたが、木肌が痩せてきたことと、裏側に多少傷みが見えてきたこともあり、今回「デッキの張り替え」という内容を盛り込んでみました。
板を1枚ずつはがし、状態を見てみると、あれ?
無塗装で風雨にさらされ続けていたことで、木肌同士が合わさる部分に木材腐朽菌が入り、フワフワになっているところも。「患部を取りきっちゃえば大丈夫じゃないかな」ということで、掘っていくと、思ったよりも腐りが進んでいることが分かりました。
いやあ、目に触れないと気付かないことって、あるんですね。きっとこのデッキだけでなく、あちこちでそんなことがあるんだろうと思います。まあでもわりと使い続けられちゃうし大丈夫!な場合と、突然クライシスが起きてがーん!な場合とあり、均して考えれば過度に心配はしなくてもいいかなと思いつつ、今回はこの時点で気付いたことがありがたかった。
そのまま使うにはあまりな状況だったので、土台の一部はワークショップ外の日に忍田棟梁が直してくださって、その上に新しいデッキ材が張られてゆきました。
「で、さ。この古いデッキ材、どうする?」と、ある参加者の方から尋ねられました。
「どうするって……腐っている部分があるしねえ……」ともにょもにょ答えに窮していると、「状態のいいものは家具にできるんじゃない?ベンチとか、テーブルとか」なんていうご提案が。もちろん、ワークショップ内では考えていなかった内容です。
8年間お世話になったデッキ材が、テーブルに?
そんなに素敵なことはない。でも、できるの?
「できるよ」。
手際の良さ。その場その場で適切な作業のできるスキル。
参加者っていうけど、一体誰なの?
と思う方もいるでしょう。
実は参加者の中には、プロの大工さんや、セミプロの日曜大工さんなど、それこそこっちがいろいろ教わりたいような方もけっこういらっしゃったのです。なのでアイディアも自由に湧き出てきて、実現もしてしまう。
それだけでなく、前回ワークショップ参加者は知識があるため「サブリーダー」となってそれぞれの持ち場で活躍していたため、「講師は教え、参加者は教えを乞う」という単層の状態ではなく、教え教えられる関係がそこかしこで発生していました。
そうか。
なぜ田舎の年配の人たちがみな、小屋くらいなら自分でつくれるくらい大工仕事のスキルがあるかというと、きっとこういう「教え教えられ」が日常だったのだろうな。
ワークショップの風景を見ながら、わたしは気付きました。
暮らしの中で、いつも誰かがどこかで何かをつくっていて、それを脇で見つめるこどもたちに「ちょっとやってみろ」と教え、面白くなってやっているうちに上達し、今度は人生の後輩たちに教える立場になる。「ワークショップ」というのは人為的にその状態をつくってるわけで、本来は暮らし自体が伝授の場だったのでしょう。
今は、自分でつくらなくても買ったり外注したりで楽に結果が手に入りますが、かわりに「自分でつくる」楽しみや自由を失うことになってしまいました。外注はお金がかかりますから、お金持ちだけが快適な暮らしを手に入れることになる。高気密高断熱住宅も、床暖房も、アンティーク家具も、お金がかかるもの。
でも、つくる力と、つくるべきものは何かという知恵がつけば、自分の力で快適な暮らしを得ることができる。
DIYエコリノベワークショップって、言ってみれば『快適性の民主化』なんだな。
「……ほら、いい塩梅でしょ?」
できたテーブルは、古いデッキの記憶を孕んだ、とても素敵なものでした。
以前このデッキをつくってくださった村上さんも、見に来てくださいました。
みんなが次にここに来るときは、つくったみんなが「自分たちのデッキ!」と思ってくれることに、なるといいな。
この場所の当事者が、たくさんできたこと。
それが、何より嬉しいことです。
……と、いうことで、南房総DIYエコリノベワークショップ2017、全2回。
お付き合いありがとうございました!
週末田舎暮らし11年目。
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