リゾートを身近に感じながら、セカンドハウスの生活や移住生活を満喫しているかたにお話を伺う「Villaの達人」シリーズ。今回は、映像やイラストの制作、また撮影スタジオとして別荘の貸し出しも行っている「リターン合同会社」の執行役員、パヴェル・ベドウナーシュさんと、代表社員の石井栄子さん夫妻の、千葉県いすみ市の住居を訪ねました。
千葉県房総半島の南部に位置する、いすみ市。2005年に、夷隅郡夷隅町、大原町、岬町が合併して生まれたこの都市は、海にほど近い場所に位置しながら、田園や里山にも恵まれる土地です。特に、市の東側に位置する岩船地区は、まるで宮崎駿監督の映画『となりのトトロ』の世界を思わせる、田園が広がるのどかなエリア。この地区の、山の斜面に連なるように立つ4軒の小さな家が、栄子さんとパヴェルさんのご夫妻のお宅。4歳と2歳の息子さん、そして一匹の犬と猫とお住まいです。
東京暮らしに馴染めず、海の近くの住まいに憧れて
──とても可愛らしいお家が4軒、連なっていますね。こちらには6年前に越してこられたそうですが、それまでは東京在住だったのですか?
栄子さん:はい。東京でふたりで暮らしていたのですが、「東京からちょっと離れて暮らすのもいいかもね」という話が出まして。そもそも私はずっとテレビ番組のディレクターの仕事をしていて、28歳でフリーランスになったんです。そして32歳のときに番組制作のためにチェコ共和国に2週間行って、そこで現地のコーディネーターを務めてくれたのがパヴェルでした。そしたら、帰国後にパヴェルが日本にやって来て……。
パヴェルさん:そうそう(笑)。
栄子さん:紙袋ひとつ持って日本に訪れて、私の部屋に転がりこんできたんです(笑)。
パヴェルさん:それで彼女のマンションに住み始めたんだけど、東京の暮らしにちょっと馴染めなくてね。だって東京って、たとえばエレベーターのなかで子どもに声をかけると、不審者のような見られ方をすることがあるでしょ。それに、街に出ると、どこからこんなに集まって来るの⁉ と思うほど大勢の人で溢れている。これは疲れるなあと思いました。
栄子さん:私は、出身は福岡県の北九州市で街中なのですが、仕事のロケでいろいろな地方に行くと、日本の田舎っていいなという気持ちはもっていました。なので、パヴェルの話を聞いて、東京以外で暮らすのもありかもと思うようになったんです。
「この家にはポテンシャルがある!」即決で購入
──それで、いざ移住先を探し始めたのですね。なぜ、いすみに決めたのでしょう?
栄子さん:彼の故郷のチェコには海がないので、海の近くに住むことはチェコ人にとって憧れだったようなんです。それから、ふたりとも仕事で東京や海外に行くことが多いので、東京に行き来しやすく、尚かつ成田空港や羽田空港が近い場所を視野に入れて、ネットで不動産屋さんのサイトを眺めるようになりました。そしたら、たまたまここの物件の情報が出ていて、おもしろいものがあるぞ!と。そのときは夜の6時か7時ぐらいだったんですけど、すぐに不動産屋さんに電話をして、翌日には実際に物件を見に行きました。
──それは速いですね!
栄子さん:そうですね。物事をあまり深く考えないほうなので(笑)。この物件は築30年か35年ぐらいで、最近はほとんど使っていないからかなり古い感じになっていて……。でも、母屋と茶室と、上のほうに陶芸ができるようなアトリエがあって、雰囲気のよさを感じました。そして、ここはポテンシャルがある! と思ったんです。
パヴェルさん:そう。すごく気に入ったね。ここを見に来たときは季節が春で、桜が咲いていて、川が流れていて、少し歩けば海もある。いいところがいっぱいあるなあと思いました。
栄子さん:そのときは、家の下の田んぼのところにおばあちゃんたちが何人か座っていてね。「あんたたち、どっから来たっけー?」みたいな感じでこちらを見ていて。温かくてのどかで。その日のうちに、ここにしよう! と、即決したんだよね(笑)。
──即決とは。それはまた思い切った行動ですね……。
パヴェルさん:場所がいいなと思ったんです。東側は斜面になっていていい具合に日が入るし、南側は杉林だから、これから先、誰かが隣に家を建てることもなさそう。目の前には田んぼが広がっていて、涼しい風が入ってきて風通しもいい。海は山の向こうにあるから、山が潮風を遮ってくれて、潮風で洗濯物がダメになることもない。これはいい物件だ! と思いました。
栄子さん:山、谷、里がある。そして、近くには海もある。
パヴェルさん:要するに、本物の田舎だよね。中途半端じゃない(笑)。昔ながらで、自然と近い、本物の生活の形が残っている。
栄子さん:中途半端な田舎だったら、私たちは引っ越すつもりはなかったものね。しかも、本気の田舎だけど、特急わかしおに乗れば、東京まで70分に行ける。だから何の問題もない。
1年かけてリフォームするつもりが、我慢できずに2ヶ月で移住
──物件を購入後は、すぐに引っ越したんですか?
パヴェルさん:いえ、予定ではね、彼女が、「最初の1年間ぐらいは、東京のマンションといすみの家を行き来しながら、いすみの家をリフォームしたいね」と言っていたのだけど、実際に行き来したのは2か月間ぐらい。いすみに来ると幸せを感じるから、「東京に帰りたくないなあ、東京はもう引き払って、ここから通えばいいんじゃない?」と思い始めてね。
栄子さん:そう。2ヶ月ぐらいでこっちに移り住んじゃった(笑)。
パヴェルさん:だって、東京に充分通えるんだもん。毎日は難しいかもしれないけど、僕たちは、もともとフリーランスだったふたりが会社を作っただけで、仕事は自分たちで選択できるから。東京には月に10回行けばいいぐらいのペースなので、何の問題もない。最寄りの駅から東京行きの特急わかしおは1時間に1本しか走っていないよ。でも、それでいい。発車の時間まではコーヒーを飲んだり、スケジュールをチェックしてメールを返信したり。そういう作業に当てればいいだけだから。電車は空いているしかならず座れるし、何も不便じゃないよ。
玄関も階段も自分で手作り
──こちらの物件は、購入を決めたときはかなり劣化していたようですね。リフォーム作業はどのあたりから着手したんですか?
パヴェルさん:天井や床の張り替えは近所の工務店さんにお願いしましたけど、玄関らしい玄関がなかったので、それは僕が作りました。それから、下のほうにある茶室と、その上の母屋を階段でつなげたのも僕。
──え、パヴェルさんは、建築の仕事もしていたことがあるんですか?
パヴェルさん:いえいえ、全然。でも、チェコで家を建てたことはありますよ。こういう日本家屋だったら、たいていのものは直せます。
栄子さん:なぜならそれは、チェコ人だから(笑)。チェコは、教育のベースが日本とまるで違うんです。基本的な、ベーシックなものさえあれば、欲しいものはそれをもとに自分たちで作ろうというスタンスがあります。日本人のように、電話一本で便利なものを発注するという感覚はまるでない。
パヴェルさん:子どもの頃からそうやって育てられたから、ものを作るのは自分にとって普通のことなんだよね。
勢いで、近所にもう1軒購入!
──おふたりの話を聞いていると、あまり肩に力が入っていないというか、たくましさを感じます。
栄子さん:あはは。というか、私はあまりこだわりがないんです。ああしたい、こうしなきゃ! という考えはなくて、何となく、なるがままに生きているだけ。だって、去年、この家の近くにもう1件家を買って、そこは今、撮影スタジオ兼宿泊施設として使っているんですけど、それも成り行きで購入したんですから(笑)。山の上に大きな家があることは知っていて、すごい建物だなあとは思っていたんですけど、売りに出ていることを聞いて。そしたら、近所のカナダ人の友人が「一緒に見に行きたい!」というので、私たち夫婦も見に行ったんです。
パヴェル:そのときは、買う気は全然なかったよね。
栄子さん:うん。でも、実際に内見したら、これはいい物件だ! と驚いて。私たちは、1件目の家をリフォームした経験があるので、家を綺麗にするのに費用はいくらぐらいかかるか、それから、その物件がどれぐらいの価値があるかということが、だいたい予想できるんです。なので、これは結構いけると判断して、「よっしゃ行こう!」と(笑)。去年の11月に購入しました。
パヴェルさん:海を見渡せて、近くには自然もいっぱいあるから、遠くから訪れる人が喜んでくれる家に違いないと思いましたね。
──撮影スタジオや宿泊施設として運営しようと思ったのは、購入したあとなのですか?
栄子さん:そうです。ただ、もともと、いすみに潤いをもたらしたいという気持ちはとてもありました。今まではずっと東京に出稼ぎに行って、東京マネーで暮らしてきたけれど、その比重をいすみにシフトしていきたいな、と。ここにいながら、いすみの住民以外からお金をいただく方法を考えて、それがいすみのお金になるような方法を取っていきたい。そういうプランはありますね。
「【オーナーインタビュー】「移住をしたら積極的に外に出よう!」パヴェル・ベドウナーシュさん、石井栄子さんご夫妻の場合 後編」に続く。
撮影:内田 龍