暮らし術

東京・長野・福井での三拠点生活を中心に、あちこちの地方をまわる生活を続けていると、ジビエ(野生の鳥獣の肉)に触れる機会が多くなったなあと実感します。

ジビエというと高級なフレンチレストランで出される「エゾジカのロースト 赤ワインソース」「ヤマウズラのロティ マッシュルームを添えて」といった皿を思い出す人も多いでしょうが、わたしが紹介しようとしているのはそういう立派な料理ではなく、猟師さんから分けてくれる生の肉のお話です。

猟師さんの知り合いが増えると、「ジビエのおすそ分け」にあずかるようになります。だからわが家では、ひんぱんにイノシシやシカの料理が食卓にのぼります。叩いたシカ肉を強火でしっかり焼きつけ、濃厚なトマトと煮込んだミートソースは、ジビエのうってつけの家庭料理。

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たっぷりのトマトソースを添えて、地元の野生的な大葉を刻んでのせると、とても美味しいひと皿になりました。
この夏は、福井の美浜町に借りている家の前でバーベキューしました。わが家は海岸から歩いてわずか10秒という立地。椅子とテーブル、それにバーベキューコンロを並べ、夕暮れの若狭湾を眺めながら、赤々と炭火を熾します。

この日は地元で会計士をしながら猟師さんをやっている中村俊彦さんも駆けつけてくれて、イノシシやシカの肉に舌鼓を打ちました。余ったシカの肉は翌日のお昼、出刃包丁できれいに叩いてミンチにし、ハンバーグに調理しました。地元のトマトを軽く煮て崩し、たっぷりとのせて美味しくいただきます。

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野生の鳥獣はいま、日本全土で増えています。私は山登りを趣味にしていますが、南アルプスの山域のあたりに行くとシカ害のひどさに言葉を失う時があります。都会に住んでる人は、山あいの土地でシカを見ると「わーかわいい」と喜ぶのですが、実はシカは高山植物を食い荒らし、木立ちの樹皮を剥がして食べてしまう「害獣」です。だから最近の高山植物生息地では、シカの侵入を防ぐために金網を張りめぐらしているところが珍しくありません。

私が三拠点生活のひとつにしている長野・軽井沢でも、最近はツキノワグマが人里にまで降りてきていて驚かされます。今年の夏は、軽井沢駅や旧軽井沢と最近「ハルニレテラス」などで人気の中軽井沢を結ぶ主要ルートの国道18号で、クマが出没しました。なんと町立軽井沢中学校の真ん前だったそうで、本当にびっくりしました。わが家は道路を2本ほど渡ると、そのさきは車道も登山道もない広大な浅間山麓の森という立地なので、朝の犬の散歩では、クマ避けスプレーが必携です。

軽井沢のいまの家に移る前は、さらに山の方に上がったすり鉢状の地形に建つ一軒家を借りていました。ある年の晩秋、東京からこの家に移動して来て見ると、庭のいたるところに掘り返した跡が……何かの工事でも入ったんだろうか、と不思議に思って管理会社にすぐに電話してみると「あっ、それはイノシシがやって来て餌を探して掘り返したんですよ」

森の生活では、こういうことが普通にあります。この夏には、軽井沢のいまの家の二階の軒先に、スズメバチが大きな巣を作りました。頼んで駆除してもらったのですが、やって来てくれた業者さんが「軒先のは処理したのですが、まだスズメバチがうろうろしていて、車庫の物置の隙間から出入りしているような感じなので、鍵を貸していただけませんか」
さっそく物置の引き戸を開けてみると……なんと軒先のヤツの数倍もの大きさの巨大な巣が鎮座していたのでした。気づかずに開けずに本当によかった……。

まあスズメバチはともかく、シカやクマ、イノシシなどの野生動物と私たちがひんぱんに接触するようになった背景には、山あいの集落が限界化して、人が少なくなってしまったことがあると言われています。中山間地域に建つ農家では、どこも畑を育て、家のまわりにカキやクリの木を植えていました。無人になってしまうと、こうした作物や果樹のなごりが動物たちの格好の餌になり、追い払う人もいないので、だんだんと里の方へと下りてきてしまうというのですね。

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猟師さんの数も減っていて、1970年代には50万人以上いたのが、今は20万人以下にまで落ち込んでいます。ただ増えすぎたシカやクマを駆除するため、猟期以外にも捕獲できる「有害鳥獣駆除」の制度は普及していて、これで捕獲される獣の数は激増しているようです。
だったらこの「有害鳥獣」のジビエを食べればいいんじゃない?と思われるのですが、そこは簡単ではありません。そもそも食肉をスーパーマーケットや肉店で売るためには、食品衛生法に適合した食肉処理施設で処理しなければならないのです。この施設の整備がまったく追いついていません。また山中で捕獲した肉をわざわざ施設まで運ぶのを面倒と考える猟師さんも少なくないようです。

普及にはかなり時間がかかりそうですが、少しずつ進んでいます。私が拠点を借りている美浜町でも、この冬に獣肉加工施設が開所するようです。先ほど紹介した猟師の中村俊彦さんは、この施設のそばにできるカフェでジビエを使った料理を提供しようと、会計士の仕事を辞めて本格的にこの世界に乗り出されました。彼のような活動を私も応援していきたいと思います。

考えてみれば日本はたくさんの食料を海外からの輸入に頼っていて、自給率がとても低い国です。牛肉や豚肉の自給率は50パーセント前後ですが、飼育する際に必要な飼料の自給率もかけ合わせると、食肉の自給率は10パーセントぐらいにまで下がってしまうようです。いっぽうでシカやイノシシは野生ですから、豊富な森がある限り、飼料はいりません。自給率は完全な100パーセントです。おまけに地産地消を進めることもできますから、ジビエを私たちがもっと食べるようにして、そういう仕組みを整えて行けば、日本の食はさらに豊かになっていくでしょう。

三拠点生活をしていると、そういう鳥獣害やジビエや自給率の問題までをも、じっくりと考えさせられるようになるのです。

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