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人の暮らしの今・未来について発言を続けている、作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さん。現在は東京と長野、福井に拠点を持つ、多拠点生活の実践者でもあります。そんな佐々木さんに、今の生活を始めるようになったきっかけや、その実際について伺いました。これから連載でお届けします。

佐々木さんは、編集部がぜひお話をお伺いしたいと考えていた方でもあります。ぜひお楽しみいただければと思います。

わたしはここ数年、東京と長野・軽井沢、福井の三つの家を移動しながら暮らす「三拠点生活」を続けています。移動生活というとなんだか遊牧民(ノマド)のようでカッコいいなあと思う人もいるでしょうし、一方で根無し草のように受けとめられる方もいるでしょう。地に足着いていないではないか、と。

移動し続けるという行為には、さすらう旅人のような、どこか一期一会のイメージがあります。しかし交流手段が乏しかった時代と違い、二十一世紀の今はインターネットという強力な武器があります。このツールを使いこなせば、移動し続けることを一期一会ではない、出会った人たちとの持続的なつながりへと転換していくことができる。いまの時代は、移動し続けることと友人を大切にすることを、共存させることが可能なのです。

三拠点生活の最初のはじまりは、軽井沢の別荘地に一軒家を借りたことでした。東日本大震災の年の夏。大きな災害を目の当たりにして、妻とわたしは「次にもし首都直下地震でも起きるようなことがあったら、どうすればいいんだろう?」と相談しました。わたしの実家は兵庫県で妻は広島県と遠く、東京からすぐに避難できる距離ではありません。わたしたちには子供がいない気楽さもあって、「じゃあどこか手ごろな場所にセカンドハウスを借りようか」と話がまとまったのです。あちこち探し歩いて、最終的に行き着いたのは軽井沢。北陸新幹線の駅もあり、買い物や食事も都会並みに便利なことが気に入りました。

インターネットで不動産のウェブサイトを見て賃貸物件を探し、メールで連絡をとって、あちこちの戸建てを見学して歩きました。でもこのネット探索でのいちばんの収穫は「物件」ではなくて、実は「人」でした。軽井沢町内の不動産会社に勤めているTさんという女性と偶然知り合ったことが、とても得がたい宝物となったのです。

もともと東京からIターンで軽井沢に移住してきたという彼女は、ホテル勤務を経て別荘の仕事に興味を持ち、不動産会社に転職したそうです。接客を経験されているためかとても物腰が柔らかく、親身でていねいで、そして別荘という特殊な不動産の世界の裏側まであれこれと説明してくれました。最終的に彼女の斡旋で、中軽井沢から浅間山麓を少し上ったところにある築二十年ぐらいの戸建てを借りることになったのです。

ところが、話はこれで終わりではありません。一年半ほど経ち、軽井沢の生活にも慣れ、月に一週間程度はこの土地で定期的に過ごすようになったころ、Tさんから電話がありました。

「いまお住まいのところの近くなんですが、新しい賃貸物件がもうすぐできるんです。一度土地だけでも見に行ってみませんか?」

当時住んでいた家で満足していたし、引っ越しするとお金がまたかかるしなあ……
乗り気はしなかったのですが、Tさんがあまりに勧めるので待ちあわせて見学に行ってみることにしました。軽井沢でもとびきり人気の観光名所、星野リゾートのハルニレテラスから歩いて二十分ほどのその土地は、森の中だけど少し開けていて明るく気持ち良さそうな空間。

「どんな賃貸物件を建てる予定なんですか?」と彼女に聞くと、

「たぶん二階建てのこじんまりとした家になると思います」

「間取りは?」

「ふふふ。佐々木さん、間取りは佐々木さんご夫妻のご希望に添えるようにできると思いますよ」

「えっ?」

「何でもできるわけじゃないんですが、ご要望があればうかがいます。借りていただける方の希望をできるだけ取り入れたい、って大家さんはおっしゃってるんです」

「ええっ!本当に?」

東京でもずっと賃貸物件に住んできましたが、そんなことを言われたのは初めてでした。びっくりしながらもTさんの言うことだから信頼できるだろうと、二つの要望をお伝えしました。

「私と妻のそれぞれの仕事部屋、それに寝室を別に持ちたいので、できれば3LDKで。それから家の外にウッドデッキがあったら、夏は気持ち良さそうかな思います」

「他にはいいですか? 薪ストーブとか要らないですか?」

「薪ストーブかあ……魅力的だけど、メンテナンスが面倒なので床暖房だけでじゅうぶんです」

そんなやり取りをくり返し、新しい物件はほぼ要望通りにできあがりました。完成したピカピカの家を前にして感動し、Tさんに「賃貸なのに、借りる人の要望聞いてあげるって大家さん、すごいですよね。でもこれで約束通り借りなかったら困るんじゃないですか?」
Tさんはにっこり笑って、言いました。

「だって佐々木さん、現にいま借りてくれようとしてるじゃないですか。私も誰にでもこういうお話を相談してるわけじゃないですよ。信頼関係がある方たちにだけ、お話をさしあげてるんです」

新しい家はさすがに新築だけあって、床暖房のシステムも最新。以前の家では冬になると凍結防止の水道管水抜きが必要だったのですが、この家ではごく弱く床暖房を入れておけば、冬の間も水道管が凍結する心配はありません。ウッドデッキも本当に気持ちよく、室内は開放的な吹き抜けにしつらえられていて、住んでみてさらに好きになりました。

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そしてこれで話が終わったわけではありません。驚くことに、まだ続きがあるのです。

引っ越してきたすぐ後には、
「今度の家には雪かきスコップとかを入れる物入れがないんですよね。家の外で良ければ、物置設置しましょうか?」

瞬く間に物置が設置。さらに翌年の夏には、
「いつも軽自動車を置かれてますよね。屋根があった方がいいと思うので、駐車場に屋根を設置します」

簡易な樹脂の屋根かなと思っていたら、次に来た時には立派な木造の屋根が作られていました。
改修だけではありません。Tさんは心遣いが素晴らしく細やかで、「今朝、軽井沢で停電がありました。床暖房の電源が切れているといけないので見てきましょうか?」「お家の前を通りがかったら、玄関灯がつけっぱなしになってました。消しておきましょうか?」と折りに触れて連絡をいただけるのです。
「竣工の時に植えてた庭の樹が一本、枯れてしまっていますね。大家さんに交渉して植え替えをお願いしてみますね」ということもありました。

そうして今年の初夏には、二回目の契約更新を終えました。おそらく当分はこの家に住み続けるでしょうし、もし新たに家を借りることになったら、間違いなくTさんにまた頼ることになると思います。

三拠点生活は根無し草のように見えますが、住む先々での人間関係がとても大切です。こうやってTさんとのやり取りの数々を思い出してみると、そのありがたみが身に染みて実感します。

ネットが普及していろいろなものが便利になっていく時代ですが、こういう人間関係の良さだけは決してなくならないということなのでしょう。

こういう経験はそう頻繁にころがっているわけでもないでしょうから、Tさんと出会えたわたしが幸運だったということはあるでしょう。ただ賃貸だろうが分譲だろうが、家とつきあう時にはやはりこのような人と人のつながりが大切だということは、普遍的な真実なのではないかと思います。

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※本記事は、佐々木俊尚氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
※本記事の情報は、公開当時のものです。以降に内容が変更される場合があります。
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