暮らし術

東京・長野・福井の三カ所に家を借り、移動しながら暮らす「三拠点生活」を始めてから、所有するモノはだんだんと少なくなりました。
もちろん、三カ所に家があるんだから必要最低限の家財道具は三倍に増えます。どの家にもたとえば、冷蔵庫と洗濯機、掃除機を置かないといけない。食事をするテーブルや椅子や仕事机も必要。だからそれなりの初期コストは必要でした。でも「必要最小限」以外はだんだんと少なくなっていく。

なぜかといえば、三拠点それぞれで同じような生活をしようとすると、所有するモノが平準化されないと逆に不便だからです。たとえば東京の家には、以前は電気式のワインセラーを置いていました。でも長野や福井にはない。最初は「ワインは適切な温度で保管すべきなのに……。冷蔵庫で冷やすのは良くないんじゃないかなあ」となんとなくイヤな感じがあったのですが、だんだんと気持ちが変わってくる。

「だからと言って、三つもワインセラーを用意するなんてムダすぎるよなあ。そもそも考えてみたら、自分はそれほどワインマニアじゃないし、その時々で美味しいワインを買って来てすぐ飲めばいいだけなのでは」

そう考えるようになり、東京のワインセラーは思い切って処分してしまいました。ワインセラーにワインをしまい込むより、お気に入りの酒屋さんを見つけた方がいい。飲みたくなったらお店に行って買って来て、その日に飲んじゃう。これなら卓上のワインクーラーを用意すればじゅうぶんです。

このような「お店を自宅の冷蔵庫や納戸としてとらえる」という考え方は、最近あちこちで見かけるミニマリストと同じです。冷蔵庫がなくても、肉や魚は調理の直前になってから近所の食料品店に買いに行けばいい。近くにコンビニがあれば、冷えたビールやミネラルウォーターも手に入る。私が福井の拠点にしているのは、美浜町という人口1万人足らずの小さな町ですが、ちゃんとスーパーもコンビニもあって、クルマを5分ほど走らせるだけで、何でも手に入ります。日本は物流が高度に発達していて、こういうミニマリスト生活が比較的多くの土地で可能になっているのです。

さて、この「モノを少なくする」というスタイルは、気がつけばわたし自身の料理生活にも流れ込んできました。以前は新しいキッチン道具をつい試しに買ってしまったり、店頭で見つけた鍋に一目惚れしたりと、だんだんとモノが増えていくことに悩まされていたのですが、三拠点生活をしていると、こういう欲望から逃れることができる。「三つも買うのは無駄だなあ」と思うだけで、買う意欲を削ぐことができるのです。

さまざまなキッチン道具は便利です。でもそれらを使うことに慣れてしまうと、道具がないと不便に感じるようになってしまいます。たとえば「アボカドカッター」でいつもアボカドを調理していると、「アボカドカッターがないからアボカドくり抜けないよ‥」と思うようになってしまう。便利にするための道具が、逆に人を縛る道具になっているのです。だったらアボカドカッターなんて最初から使わないで、包丁でさばけるようにしておいた方がいい。

料理なんて、たいていの道具はなくても工夫でなんとかなる。わたしは登山を趣味としていますが、テントを担いで登る山旅では料理道具は最小限です。コッヘルと呼ばれる小さなアルミ鍋二つ、小さなアルミのフライパン、小さな登山ナイフとスプーン・フォーク・箸。それに小型のブタンガスコンロがひとつ。たったこれだけですが、意外となんでも作れます。

山のトマトシチュー

ご飯も炊けます。たとえば最近つくった料理を挙げると、生トマトを使ったトマトソースのパスタ、豚とナスの味噌炒め丼、塩麹に漬けた鶏肉ときゅうりのサンドイッチ。こういうミニマリスト的料理生活に慣れると、旅行も楽しくなります。

ドライトマトのカッペリーニ

私は休暇に出るときは、なるべくキッチン付きの部屋を借りるようにしています。Airbnbなどの民泊だと、キッチン付きは探しやすいですね。そして旅先に到着して荷物を解いたら、エコバッグだけを持ってさっそく地元のスーパーや市場に足を運ぶ。いったいどんな食材が売っているのか、値段はどのぐらいなのか、どうやって調理すればいいのか。興味は尽きません。

店の人に聞いてもよくわからないことも多いのですが、そういう謎の食材はインターネットで調べればだいたいは検討がつく。最近は画像検索までできますから、食材の名前がわからなくても大丈夫。調理しているユーチューブの動画を見つけることができれば、何語を話しているのかさっぱりわからなくても、料理する人の手元を見ているだけで調理の方法や使ってる調味料はおおむね見当がつきます。

以前ハワイのオアフ島に行ったときは、地元の市場でオマール海老を見つけてさっそく買ってみました。鍋にざるをセットしてお湯を沸かし、即製の蒸し器に。オマール海老の殻と足をはずして、むき身をざるに乗せて蒸し料理にします。残った殻と足はグツグツと煮てから濾して、これも地元産の野菜と一緒に美味しいスープになりました。オマール海老なんて東京ではレストランぐらいでしか見かけないので、初めての調理。でもとても楽しく、美味しい時間になったのです。

福井の拠点では、季節ごとにさまざまな魚介が水揚げされ、近くの魚市場で安く手に入れることができます。地元の友人に教えてもらいながら、新しい料理を試してみる。先日は活きているアワビが手に入ったので、友人に「地獄焼き」という調理を教えてもらいました。油を引かないフライパンにアワビをそのまま置き、から炒りします。熱されてアワビの身がぐるぐる回り始めたら、鍋肌に白ワインを落として沸騰させ、蓋をして1分ぐらい。少し冷ましてから身を包丁で切りはずし、そぎ切りにして殻に戻して並べ、上から熱々の溶かしバターをかけます。信じられないぐらい美味かった!

いろんな土地を移動していると、いろんな食材があり、いろんな料理がある。そういう新しい世界を学びながら、横断的に土地を楽しんでいく。そういう日々を過ごしています。

 

※本記事は、佐々木俊尚氏の知識と経験にもとづくもので、わかりやすく丁寧なご説明を心がけておりますが、内容について東急リゾートが保証するものではございません。
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